テラーノベル
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その夜、離れの机には帳面、札、木箱、赤いリボンが整然と並べられていた。享佑が珍しく何も文句を言わないくらい、皆の手つきが慎重だった。
美恵は古い記録用紙を何枚か持ってきて、帳面の書き方と見比べている。
「配給の印なら、普通は数でつけるの。米一袋、毛布一枚、みたいに。でもこれ、名前の横にだけある」
「じゃあ何ですか」
蓮都が腕を組む。
「自信はないけど……個人の持ち物の目印、とか」
「リボンが?」
「避難してきた子どもなら、荷物が混ざるから印をつけたのかもしれない」
遼征が窓辺から振り向いた。
「沈船の年代と、この帳面の時期、かなり近い。もしあの船が人や物を運んでたなら、寺に来た子とつながってもおかしくない」
「海賊船、って呼び方のままじゃ見えない話ですね」
芽生が言う。
遼征は少し考えてから、低い声で続けた。
「そもそも、あれを本当に海賊船だと思ってる人、今の港にはそんなにいない」
「え」
啓介が顔を上げる。
「じゃあ何で、みんなああ呼ぶんだよ」
「昔からそう聞いてきたからだろ。でも、船の造りが変なんだ。見せるための船じゃなくて、運ぶための船に近い」
離れが静まり返る。
海花が赤いリボンに触れないよう手元へ紙を引き寄せた。
「面白い話にしたほうが、子どもは怖がらないからかも」
「それはあるかもねえ」
莉々夏が言う。
「泣く話より、冒険話のほうが広まるし」
啓介は帳面の赤丸を見たまま、胸の内に妙な寒さを覚えていた。海賊船という呼び名が、ただのあだ名ではなく、何かを覆うための布みたいに思えたからだ。
美恵が帳面を閉じる。
「でも、意味を決めつけるのは早い。もう少し材料がほしい」
「集めよう」
芽生が即答した。
「町の人の話も、残ってる資料も」
その時、遼征がぽつりと付け足した。
「町の大人、話したがらないかもな」
誰も否定できなかった。
啓介は窓の外の暗い海を見た。子どものころは、海賊船と聞くだけで少し胸が躍った。けれど今は、その言葉の裏に、別の沈んだものがある気がしてならない。
口を開きかけた遙香が、結局何も言わず、視線だけを落とした。
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