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#海辺の町
翌日、啓介たちは町の古くからの人たちに話を聞きに回った。門前のベンチ、魚屋の奥、坂の途中の理髪店。どこへ行っても、沈んだ船の話を出すと、最初だけは皆、昔話みたいに笑う。
「海賊船ねえ。子どものころ、よく脅かされたよ」
「夜に口笛吹くと船長が来るってな」
「宝なんか出てきたか?」
けれど、赤いリボンや寺の帳面の話へ踏み込もうとすると、空気が目に見えて変わった。
魚屋の親父は包丁を止めたまま「さあな」と言い、理髪店の主人は急に別の客の髪を気にし始める。坂の上の乾物屋の祖母は、何か言いかけてから、煮物の鍋の蓋を強く閉めた。
莉々夏が帰り道で唇を尖らせた。
「みんな同じ顔する」
「怒ってるわけじゃないんだよな」
啓介が言う。
「でも話したくない顔だ」
「たぶん、笑い話にしてきた年月が長いんだと思う」
芽生が静かに答える。
「いまさら本当の言い方に戻すの、怖いのかもしれません」
そこへ遼征が港から合流した。手には曳航の簡易図面が挟まっている。
「船体の下のほう、やっぱり人を乗せる前提の補強がある。観光船でも海賊船ごっこでもなくて、もっと実用寄りだ」
「じゃあ」
「ただの伝説じゃない可能性が高い」
啓介は図面を覗き込みながら、喉の奥が乾いた。
その帰り、役場へ寄った遙香にも聞いてみた。彼女はいつものように笑顔で「書類、整理しとくね」と言ったあと、海賊船の話になると、ほんの少しだけ表情を曇らせた。
「遙香さん、何か知ってる?」
啓介がたずねる。
遙香は、返事までに一拍置いた。
「知ってるっていうより、聞いたことがあるだけ」
「どんな」
「……今は、まだ」
それだけ言って、書類の束を抱え直す。普段なら押し切る側の遙香が、言葉の前で足を止めた。
芽生はその横顔を見て、問い詰めなかった。
海へ戻る風が、役場の玄関前を吹き抜ける。
海賊船なんて呼び名は、面白いから残ったのではなく、たぶん、それ以外の呼び方に痛みがあったのだ。
啓介が振り返ると、遙香はもう一度だけこちらを見ていた。それでも、口は閉じたままだった。
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