終業時間が来ると、フロアーの社員達は仕事を切り上げて帰り支度を始める。
凪子はあと少しできりのいいところまで終わるので、少しだけ残業をする事にした。
その前に飲み物を買って来ようと休憩室へ行く。
カフェオレを買って窓際のカウンター席へ座っていると、後ろから声が聞こえた。
「凪ちゃんお疲れ!」
振り返ると江口が立っていた。
「江口さんお疲れ様。江口さんも残業?」
「うん、そう。明日から出張だからちょっと資料をまとめておこうと思ってさ」
江口はそう言うと、凪子の隣に座ってコーヒーを飲んだ。
「出張はどこ?」
「札幌! でも一泊で帰って来るよ」
「いいなぁ北海道! お土産は『白い恋文』がいいな!」
「ハハッ、分かったよ!」
江口はしょうがないなぁという顔をして笑った。
そして凪子に聞いた。
「最近良輔とはどう?」
いきなりそんな質問をされたので、凪子はドキッとする。
「うん、別に普通よ…」
「そっか…」
「どうしたの? そんな事聞くなんて珍しいじゃない?」
「うん…実はさ…」
江口はそう言いかけてからやっぱりやめようと思ったのか、
「いや、なんでもないよ…」
と言ってごまかす。
そこで凪子はピンときた。江口は何か知っているのだ。
「遠慮しないで言って。私大丈夫だから」
その言葉に、今度は江口がハッとする。
江口は凪子が良輔の浮気について知っているのだと確信した。
江口は心を落ち着けようともう一口コーヒーを飲んだから言った。
「実はさ…見ちゃったんだよ」
「見ちゃったって何を?」
「良輔と…」
「塩崎さん?」
「凪ちゃんやっぱり知ってたか」
江口の言葉に、凪子は大きく頷いた。
「あの二人の事なら知ってるわ」
「いつから知ってたの?」
「一ヶ月くらい前かな。江口さんは?」
「今日」
その言葉に、思わず凪子が振り向く。
「今日って…まさか資料室で?」
「そう…さすが凪ちゃん、知ってたんだ! 良輔も馬鹿だよな」
「もしかして見ちゃった?」
「うん、ばっちり。思わず写真撮っちゃったよ」
「えっ嘘っ、写真あるの? あるなら頂戴!」
「頂戴って…もしかして?」
「あの人とは離婚するわ。今弁護士さんに相談中なの!」
「そっか……でも生々しい写真だ。見ない方がいいと思うよ」
「大丈夫。見せて!」
凪子があまりにも真剣に頼んで来たので江口は仕方なく写真をスマホに表示させる。
そして凪子に渡した。
「…………」
凪子が手にしたスマホには、生々しい男女の営みが写っていた。
そしてそこに写っている男性は明らかに自分の夫だった。
良輔は凪子にも見せた事のないような表情で、必死に絵里奈の身体を貪っていた。
自分の知らない夫の一面を見てしまった凪子は激しい嫌悪感に襲われる。
しかし凪子は現実を直視する為に、全ての写真に目を通した。
そして全て見終えると、フーッとため息をついてから言った。
「その写真、全部転送してもらえる?」
「証拠に使うなら喜んで」
江口はすぐに写真を凪子に転送し始めた。
その間、凪子は今見た衝撃的な写真を思い返していた。
江口が撮った写真は、男女の逢引きというよりはまさに欲望だけをぶつけあうような極めて下品な写真ばかりだった。
本能のまま、まるで獣のようにセックスに没頭する夫の姿を見てやはりショックは隠せない。
そして今この瞬間から、凪子の夫への愛情は跡形もなく消えていった。
写真を転送した江口は、協力出来る事はなんでもするからと凪子に言った。
そしてあまり思いつめないようにと心配してくれる。
いつも兄のように優しく接してくれる江口に対し、凪子は感謝の気持ちでいっぱいだった。
良輔と絵里奈の社内セックスシーンの写真は、すぐに紘一の弁護士事務所へ送った。
これでもしこの画像が良輔に見つかり消去されたとしても安心だ。
凪子はホッと息を吐くと、カフェオレの残りを飲み干した。
その後なんとか仕事に集中し、きりのいい所まで終えると凪子は家路についた。
今日はまだ最後にとっておきのメインイベントが残っている。
そのイベントの為に、凪子はなんとしても良輔より先に家に帰る必要があった。
凪子はどこにも寄り道せずまっすぐ家に帰った。
無事先に帰り着いた凪子が夕食の支度をしていると、良輔からメッセージが届く。
【今日は8時頃に家に着くよ。晩御飯ある?】
【お疲れ様! 今用意しているわ】
【良かった。じゃあ食べるの待ってて】
【了解。あ、あとポストを見て来るの忘れたから郵便取って来て】
【了解】
凪子は良輔とのやり取りを終えるとニヤリと笑った。
そして鼻歌を歌いながら夕食の準備を続けた。
その頃、良輔はマンションのエントランスにいた。
凪子に頼まれたポストのチェックをして郵便物を取り出すと、エレベーターの前へ向かった。
立ったまま手にした郵便物をチェックしていると、ふと良輔の手が止まる。
宛名も差出人も記載されていない不審な郵便物が混ざっている事に気づいたのだ。
その時エレベーターが到着したが、良輔はそれには乗らずに入り口脇にある応接セットへ行き座る。
そしてその不審な白い封筒を開けてみた。
中には写真らしきものが入っていた。
それを取り出した瞬間、良輔は思わず声を漏らした。
「うっ……」
写真は、ラブホテルのベッドの上で良輔がぐっすりと眠っている写真だった。
上半身裸で寝ている無防備なその姿を見て、思わず良輔の手が震える。
(絵里奈か?)
見覚えのある下品な内装のホテルは、確かに以前絵里奈と行ったホテルだ。
その時良輔は気づいた。
(鏡に絵里奈が写っているじゃないか!)
それを見てさらにゾッとする。
(アイツ一体何をやってるんだ!)
こんな写真を凪子に見られたら、良輔の浮気だけじゃなく不倫相手までバレてしまう。
どうやっても言い逃れが出来ない写真だ。
良輔は震える手でその写真を封筒へ戻すと、
鞄の中から今日コンビニで買ったばかりの雑誌を取り出す。
そしてその雑誌の間に隠す様に写真を挟んだ。
(なんとしても凪子にはバレないようにしないと…)
良輔はそう自分に言い聞かせると、一度深呼吸をしてから凪子が待つ部屋へ向かった。
ピンポーーーン
インターフォンが鳴ったので、エプロンをつけた凪子がドアを開けに行く。
「おかえりなさい」
「ただいま」
凪子はさりげなく夫の様子を観察すると、良輔はげっそりと疲れた顏をしていた。
そこで凪子は夫に聞いた。
「郵便来てた?」
「ああ…」
良輔は手に握っていた郵便物を凪子に渡した。
もちろんその中に白い封筒はない。
(抜き取ったわね)
凪子はそう確信すると、あえて明るく言った。
「ご飯もう出来てるけれど、先にシャワーを浴びる?」
「ああ、そうするよ。今日はなんだか疲れたよ…」
良輔は元気のない声で言うと静かにバスルームへ行った。
(相当ダメージが大きいようね)
凪子は冷たい表情を浮かべながらそう呟いた。
シャワーを浴びた良輔は、汗を流して少しスッキリしたのだろう。
先ほどよりは少し精気が戻っていた。
二人で夕食を食べながら、凪子はその日あった事を良輔に話し始める。
そしていつもと変わらない穏やかな会話が続く中、凪子は追撃を開始した。
「今日の午後、あなた資料室に行った?」
その言葉に、良輔の身体がビクッと反応する。
もちろん凪子はそれを見逃さなかった。
凪子の質問に、良輔は少し上ずった声で答えた。
「ん? どうして?」
「うん、廊下で見かけたから!」
「そっか…あ、いや、あの時は奥の会議室に用があったんだよ!」
「へぇー、あそこの会議室を使うなんて珍しいわね!」
「う、うん……たまたま上の階が空いてなくてさぁ…」
良輔はかなり動揺した様子で答えると、すぐに話題をテレビのニュースに変えた。
凪子はあまりにも可笑しくて笑いそうになったが、必死でそれをこらえる。
そして心の中でこう呟く。
(妻を欺く人間は、この後地獄へ堕ちるのよ…)
凪子は氷のように冷たい瞳で、目の前にいる夫を見つめた。
コメント
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お🎠🫎なる良輔🤭 完全に凪子さんに読まれて掌の上🫲で転がされてますけど‼️ 結婚するときに誓ったんじゃないの?浮気しないって🙅 まだまだこれから凪子さんももっと証拠集め他ブログを参考にやり切ると思うので首を洗って待っててね、良輔&絵里奈‼︎