相談室の椅子に座った少女は、制服の袖をいじりながら、うつむいていた。
「……なんかさ、私、浮いてるんだよね」
遥はペンを指先で回しながら、彼女の声を待つ。
「嫌われてるわけじゃないの。いじめられてるわけでもない。……でも、グループの会話についていけなくて。話題がずれてたり、笑うタイミングが違ったり。気づいたら、ぽつんってしてる」
彼女の声は、ため息に混じるように小さく消えていった。
「……いるよな、そういうの」
遥は淡々と答える。
「いるって?」
「輪の中にいるはずなのに、空気だけちょっと違うやつ。……俺も、そう」
彼女は驚いたように顔を上げる。
「遥くんも?」
「俺の場合は、もっとはっきり”浮いてる”けどな。いじられるとかじゃなくて、ただ『いないもの扱い』みたいな」
彼女は言葉を詰まらせ、視線を落とした。
「……私なんかより、遥くんのほうが大変だ」
「比べなくていい。浮いてるって、本人にとってはそれぞれ地獄だから」
窓の外では、曇り空が低く垂れ込めていた。
遥は短く息を吐き、言葉を探すように天井を見上げた。
「浮いてるのってさ、自分が悪いんじゃないと思う」
「……でも、私だけ違うんだよ?」
「違うのは事実だろ。でも、それは”間違い”じゃない。ただの『差』。空気を合わせるのが上手いやつもいれば、合わせられないやつもいる。……俺みたいに」
彼女は眉を寄せたまま、机の端をぎゅっと握った。
「でも、みんな楽しそうで……私だけ変で……」
「楽しいふりしてるやつも多いよ」
遥の言葉は切り捨てるように鋭かった。
「全員が心から楽しんでるわけない。笑顔の裏で必死に合わせてるやつもいる。お前が”浮いてる”って思ってるだけで、案外誰も気にしてないかもしれない」
少女は、口を閉ざしたままうつむく。けれど、その沈黙にはどこか安心も混じっていた。
「俺なんか、最初から輪の外だ。だから合わせる努力すらしてない。でもお前は、輪の中にいようとしてる。だから”浮いてる”って気づくんだ」
「……努力してるから、苦しいのかな」
「そう。頑張っても空気が合わないときはある。それはもう仕方ない。……でもな、浮いてるって、悪いことばっかじゃない」
「え?」
「空気に合わせられないやつは、逆に言うと自分の色を持ってるやつだ。俺は……それを武器にできる時が来ると思ってる」
少女はしばらく黙ってから、小さな声で言った。
「……私の色、か」
「そう。お前が浮いてるって感じるのは、周りと違う証拠。違うのは怖いけど、同時に強みでもある」
彼女の表情はまだ曇ったままだったが、その奥にわずかな光が差した。
「……ありがとう。ちょっと、少しだけ、楽になったかも」
「少しでいい。浮いてるやつは一気に変われない。でも、少しずつなら生きてける」
そう言って遥は、机の上のペンを静かに置いた。
少女の肩は、相談室に入ってきたときよりも、ほんの少しだけ軽くなっていた。