白い光が差し込むことのない、閉ざされた部屋。窓はなく、壁に落ちる十字の影だけが、淡く揺れている。拓海は静かに息を整え、今日もその部屋の扉をノックした。
「おはようございます、神の子」
声を震わせず、整然と告げる。扉の向こうから、微かな笑い声が返る。
「拓海も、祈りを捧げた?」
和真は小さな布団の上で目を細め、こちらを見ている。純粋な視線に、拓海は胸の奥でざらつく感情を感じた。羨望、嫉妬、そして――少しだけ、独占したいという欲。拓海は口元を引き結び、静かにうなずいた。
朝の儀式は決まっている。拓海は和真に朝食を運び、神への祈りの言葉を唱える。無垢な和真は、その全てを吸い込み、返す言葉もまた純粋で、まるで光そのもののようだ。
「神は本当に、あなたを愛しているのですか」
拓海は問いかける。声に震えはない。
和真は一瞬静止した後、微笑む。
「愛しているよ。拓海のことも、神さまは見てる」
拓海の胸がぎゅっと締め付けられる。信仰の対象であるはずの和真が、無意識に自分の心を揺さぶる。嫉妬と崇拝が混じり、胸の奥で何かが弾けた。
昼が過ぎ、施設内は静まり返る。拓海は仕事を終え、和真の部屋へ向かった。眠る和真の顔をじっと見つめる。穏やかな寝息が、なぜか拓海の胸を締め付ける。
指先が触れる。冷たい肌。和真が目を覚まし、ぽつりと囁く。
「拓海……怖い顔してる」
拓海は首を振り、薄く笑った。
「違うよ、神に近づこうとしてるだけだ」
そのまま指先を握り、和真を布団の中に引き寄せる。抵抗のない手足。拓海の中で、信仰と支配の境界がゆっくりと溶けていく。これは祈りか、独占か。それさえ、もう分からなかった。
夜が更けるほど、二人の距離は近くなる。拓海は和真を抱きしめ、耳元で静かに言う。
「お前は、俺だけのものだ」
言葉に抑えきれぬ感情を込めながら、指先で和真の手を握り、体を密着させる。
和真は瞳を大きく開き、ただ微笑んだ。その無垢な笑顔に、拓海は一層狂おしくなる。
翌朝、施設の神官たちが扉を開けたとき、二人は変わらぬ光景に沈黙したまま立っていた。拓海は和真を抱きしめ、静かに祈る。誰も口を挟めない、二人だけの世界。
「神は、お赦しになるでしょうか」
拓海の問いに、誰も答えない。返事はないが、部屋には二人の呼吸と、祈りの声だけが満ちている。
夜ごと、拓海は和真にささやく。
「お前の中に神はいる。俺が、そのすべてを守る」
和真は微笑む。信仰と愛、支配と執着が交錯する中、静かな狂気の檻は深く沈んでいく。
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