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今、この街を取り囲む結界……『対魔晶結界』は、何らかの理由で一部の機能を失っている。
それは少なくとも昨日……。俺たちがこの街に入った時には既に失われ、魔獣が入り込んでいた事になる。
最初に現れた魔獣の数を考えれば、昨日や今日だけではない。下手したら、数日前から少しずつ入り込んでいたのかもしれない。
さらに、突然現れた道化師。可能性的に、あの道化師が手引きをし、一斉に魔獣を凶暴化させたのは間違いない。
(もし、全て俺のこの予想の通りで、街中のあちこちに魔獣が潜伏し、姿を現したのなら……。警備兵などの対応が遅れていることにも、ある種では納得がいくな)
「あの道化師もだが……結界の方も何とかしないと、だよな?」
俺は、確認するようにロキを見る。ロキは頷き、地面に円を書く。俺には読めないが、文字らしきものも書いているあたり、現状の確認と整理をしているのだろう。
「あぁ。もし『対魔晶結界』に何かしらの不備が起きているなら……。街の中の魔獣を倒したとしても、結界の『穴』からまた、あの道化師ヤローに新たな魔獣を呼び出されるかもしれない」
結界の『穴』……つまり、その欠落した部分をどうにかしなければ、ロキの言うように、あの道化師に再び魔獣を召喚される可能性がある。
警備兵の対応が、未だに追いついていない……。しかも、これが各地で起きており、兵の数も体制も分散された状態なら……。遅かれ早かれ、数で押されて潰れるだろう。
そして、何故か道化師に目をつけられて狙われている俺たちは、増援もままならず、このまま持久戦に持ってかれれば完全に不利だ。
「問題はその『穴』が何処か、だよな……。今からその、『対魔晶結界』ってのを全て調べるのはどうだ?」
俺の意見に、ロキは首を横に振る。
「無茶言うな。この街がどれだけ広いと思ってるんだ。僕たちが手分けしたって、たった一つ機能していないものを探すなんて、半日はかかるぞ!」
「だよな……あークソ、詰みゲーかよ……!」
俺は頭を抱える。どう考えても、数も戦力も足りない。しかも、妹はこの状態だ。せっかく助かったのに、新たな問題が立ち塞がる。
これがゲームなら、負けイベなのだろうが……これは現実だ。負けたら即ゲームオーバー……、つまり死だ。
「何とかして、この状況を打開する方法は無いか……!?」
親指の爪を噛みながら貧乏揺すりをしていれば、セージが「あのー……」と申し訳程度に手を上げる。
「どうしたセージ? 何かこの状況を打破するような、いい案でも浮かんだのか?」
「いえ、案というほどではないのですが……。ロキは**あの方**からこういう場合に備えて、何か良いものを渡されていないのかな、と」
(あの方……?)
「どの方かは知らないが……ロキ、何かあるのか?」
「………………」
無言のロキを見れば、あからさまに嫌な顔をしている。あ、これ絶対何か持ってるな。
「なぁ、ロキ……。お前の事情はよく分からないが、なんかあるんだな?」
「ね、ねぇーよ……。ババァから渡されたものなんて、なんにも、これっぽっちも……」
俺たちから必死に目を逸らそうとするあたり、これは確定だな。
「〜〜っ!」
どこかのチンピラ風に詰めよれば、助けを求めるようにセージを見る。セージも、そんなロキをどこか哀れんでいるようだが、無慈悲にも首を横に振った。
「ロキ……気持ちは分かるけど、今は非常事態だし……お願いします」
まるで捨てられた子犬のような眼差しで見つめられ、ロキは俺とセージを交互に見ては、観念したように頭を掻く。
「あーもー! クソっ!」
ロキは半ばヤケクソに、バッグに手を入れる。そして「ババァから渡されてんのは、これで全部だよ!!」と、荒々しく渡された。
ロキが取り出したのは、ビー玉サイズの小さな玉。それと数枚の描かれた模様の違う札と、その札のついた飛び具が幾つか。
「これは?」
「『魔法道具』というものです。この世界は、魔法が主ですから。魔力を込めたものをこうして道具にして、魔力のない人でも日常的に簡単に扱えるように作られてるんです」
「えーっと、つまり。発光石や、ロキの持ってるその魔法の鞄みたいなものか?」
「はい。ですがロキの持ってる魔法鞄は、かなり貴重なものなので……。その分、発光石やこれらの道具は手頃に手に入れられて、今では生活には欠かせないものです」
「つまり、これも日用品や補助アイテム的なものか」
念の為に、ロキに使い方や用途の確認をする。
小さな玉は、対魔物用の痺れ薬を仕込んだ煙幕。
札は、模様によって貼ったモノの強度を上げたり。または、一時的に攻撃を防いだり閉じ込めたりする……所謂、結界を張るものらしい。
「マジで、補助やお助けアイテムだな。ちなみに、これは俺でも使えたりする?」
確認するように、セージを見る。
「魔力のない普通の方でも扱えるので、たぶんヤヒロさんでも大丈夫だと思います」
それを聞いて、俺はホッと頷く。俺でも使えるなら、使い道はかなり広がる。
「まぁ、これはまだ試作段階らしいが……。悔しいけど、ババァのお手製だ。そこらのモノより、ずっと使えるはずだぞ」
不服そうに、口ではなんだかんだと文句を言ってるが……。
「結構、信頼してるんだな?」
「あ? 寝ぼけたこと言ってると、魔獣の群れに放り投げるぞ?」
「ソレハヤメテクダサイ」
瞳に光が無い当たり、本気で投げ込まれそうなので、速攻で謝る。
と、してもだ。
(ロキから出すもの出させたはいいが、攻撃手段としてはあまり使えないな。となると、防衛戦しかないか……)
主に俺の独断と偏見によるが、セージは性格的に戦闘向きじゃなさそうだし……。やはり、ここはロキに頼るほかない。
「なぁロキ。もしもの話なんだが……、あの道化師をお前が倒せる可能性って、……あったりする?」
「お前は……。本当に無茶を言うな?」
「だから、もしもの話だってば」
「さっきの見ただろ? アイツを捕まえるのも、倒すのも難しい。そもそも、ヤツの得体がしれない限り、倒し方も分からない」
確かに。ロキに鎖で縛られ、胸を貫かれても尚、あの道化師は生きていた。
「日もだいぶ傾いてきましたね」
セージの言葉に空を見上げれば、真上にあった太陽も少しずつ傾いては下がってきており、建物の影もだいぶ伸びている。このまま日が暮れれば視界が悪くなるばかりか、魔獣が凶暴化してより一層の危険度が増す。
「……結界さえどうにか出来れば、これ以上は魔獣は増えないはず。それなら今街の中にいる魔獣くらいなら、僕や兵たちで、日が暮れる前にはどうにかできるはずだ」
「結界か……」
重苦しい沈黙が流れる。ここで考えていても、時間だけが過ぎていく。
しかしそんな中、おもむろに手を挙げる人物が一人。