アザレアはカルと現場に向かうことになった。小屋を出るとアザレアは早速飛散粒子の無効化を行いながら進んだ。
見渡すと、広大な農地がどこまでも続いており、遥か向こうに牧場がある。点々と牛たちが草を食んでいるのも見えた。天気も良く、こんなことすらなければ平和で穏やかな日常の景色だったのだろうと思う。
「少し足場が悪いんだ、失礼」
そう言うとカルが突然アザレアを抱き上げる。
「女性が歩くような道ではないんでね。君もこの方が魔法に集中できるだろう?」
そう言って、微笑む。アザレアはカルの胸で、逆に集中することが難しいと思いながらカルのジャケットをぎゅっと握った。
「ほら、私の首に手を回してしっかりつかまって」
そう言われたが、この位置でカルの首に手を回すと、アザレアの顔がカルの顎の辺りにくっついてしまいそうだった。だが現状、そうせざる終えない。
アザレアはそっとカルの首に手を回すと、カルは足下を確認しながら慎重に歩きだした。何度もカルの顔や首筋に顔があたってしまい、その度にカルの体温を感じた。
現場につくと、牧草地の比較的足場の良い場所に下ろされた。手前に虹色に光輝くダイヤが設置してあり、それが王宮の持ってきた結界石だとすぐに分かった。
結界を見上げ、良く目をこらして見ると、手前の結界石で張ってある新しい結界の向こうに、十五~二十メートルほど結界が途切れている場所が見える。
アザレアは新しい結界から出ないように、慎重にそこに近づく。後ろからカルが耳元で囁く。
「できそうか?」
アザレアは頷くとカルに言った。
「少し集中しますわね」
アザレアは結界の途切れた場所に意識を集め、力をこめ局所的にその場所だけ時間を巻き戻した。未明に音がしたとのことだったので、そんなに長い時間戻す必要はないだろう。案の定、巻き戻しはじめてすぐに結界はもとの姿に戻った。
成功したことが嬉しくて、笑顔で振り返ってカルを見る。するとカルもこちらを満面の笑みで見つめていた。
「アズ、君は最高だ」
カルはアザレアに駆け寄り、アザレアの両脇に手を入れると、高く抱え上げそのまま抱き締めると頭、額やこめかみに何度もキスを落とした。アザレアは、恥ずかしさから、カルから少し離れる。
「ま、まだ分かりませんわ、自然に消失したのだったら元に戻ってしまうかもしれません」
そう言うが、カルは両手でアザレアの顔を挟むと、おでこを付き合わせて優しく言った。
「大丈夫、君のやったことだ。間違いがあるはずがない」
そして抱きしめ、微笑む。
「さぁ、戻ろう」
ヒュー先生が後ろから声をかけてきた。
「僕はもう少し残るよ、まだ調べることもあるしね」
そう言って苦笑している。カルはアザレアを抱いたまま振り返る。
「分かりました、後はよろしくお願いします」
そう言うと、魔石を使ってアザレアと王宮へ戻った。
「アズ、疲れただろう? 今日はゆっくり休むといい」
王宮へ戻るとカルは、アザレアを部屋の前まで送り届けると
「私はまだ書類仕事が残っているから、執務室に戻るよ」
そう言って去って行った。
アザレアは夕食をすませると早めに休もうとしたが、不意に机の上に置いてある、今日読もうと思っていた本が目に入り手に取った。
「結局読めませんでしたわね」
誰にともなくそうつぶやくと、アザレアは本の表紙を撫でながら読めなかったことを残念に思った。明日からはまた忙しくなるので、読んでいる暇などないだろう。アザレアは図書室へ本を返しに行くことにした。
図書室に入ると、中央にあるソファが目に入った。せっかくなので少しくつろいで本を読むのも悪くない。ソファを見てそう考えなおし、アザレアはソファに腰かけ本を読み始めた。
数ページ読み進めたところで、図書室のドアの開く音がした。顔を上げ入り口の方向を見ると、そこにはカルが立っていた。
カルはアザレアをみつけると、心配そうに言った。
「眠れないのかな?」
アザレアは頭を振る。
「この本、本当は今日読むはずでしたの。でもあの騒ぎがありましたから読むことが叶わなかったので、今読んでいるところですわ」
そう答えた。
「そう」
カルは頷いたあと、アザレアの隣を指差した。
「座っても?」
アザレアは笑顔で答える。
「もちろん」
カルは横に座るとくつろいだ。
「私は眠れなくてここに来た。今日は君も大変だったね」
そう言って苦笑した。
「本当に、今日は大変でしたわね」
カルは頷くと言った。
「まぁ、それでも今日の午前中は有意義な時間をすごせたが」
アザレアは午前中コンサバトリーでうたた寝したのを思い出す。
「そうですわね、リラックスさせてもらいましたわ」
そう言って微笑む。
「私もだよ」
カルはアザレアを見つめる。
「日の光の中でソファにもたれて眠る君は、本当に美しかった」
そう言うと、真剣な眼差しになった。
「アズ、君に一つ言っておかなければならないことがあるんだ」
アザレアは本に栞を挟みそれをテーブルに置くと、カルの方へ体を向き直した。
「なんですの?」
カルの緊張したような息づかいに、アザレアも少し緊張しながら返事を待つ。カルは、しばらくアザレアの唇を見つめ、そしてアザレアの瞳に視線をもどす。
「今日の昼、君が寝ているとき私は君に……」
そう言うと、しばらく熱を持った瞳でアザレアを見つめる。アザレアも見つめ返す。
「私に?」
カルはアザレアの頬を撫で、指で唇に触れる。
「私は、君に……キスをした」
アザレアは目をそらすこともできずに、黙って見つめ返した。そのまましばらくお互い見つめ合う。
「アズ……なんで今私がその話をしたかわかるかい?」
アザレアは首を振って答える。カルはアザレアの唇を見つめながら顔を近づけた。
「今、君にキスをしたいと思ってるからだよ……」
そう言って、カルは少し口を開くとアザレアにキスをした。アザレアはそっと目を閉じた。優しく触れるカルの唇の感触があったと思うと、その直後カルはアザレアの下唇を優しく吸い、少し唇を離すと今度は角度を変え更に深く口づけた。
そこでドアをノックする音がした。カルはアザレアからゆっくり離れ、微笑むとドアの方を向いた。
「入れ!」
ドアが開き、コリンが入って一礼する。
「失礼致します。殿下、私はアザレア様の護衛の任を受けております。その任を果たすために参りました」
そう言うと、アザレアに言った。
「もう遅い時間です。お部屋にお戻りください。部屋の前まで送ります」
カルがそれに答える。
「わかった、心配しなくともアズは私が部屋まで送って行こう」
それを聞いてコリンは微笑む。
「では、今すぐに参りましょう」
そう言ってコリンがこちらに背中を向けた瞬間、カルは振り向きアザレアを見つめると、もう一度優しくキスをして微笑んだ。
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