テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#独占欲
ルナ・マグの閉店後、二人はカウンターの内側と外側に向かい合って座っていた。荒らされた部屋から救い出したノートは、今、木目の上にそっと置かれている。窓の外では、夜の海が黒い布みたいに揺れていた。
ディアビレは落ち着かなくて、砂糖壺の蓋を意味もなく開けて閉める。
「さっきの、忘れてください」
「無理だ」
「即答しないでください」
ジナウタスはノートの頁を開いた。指先の扱いが、書類よりずっと慎重だ。
「眠れない宿泊客の横顔。雨の日の窓。朝の水平線。全部、景色の話をしてるのに、人の気配が残ってる」
ディアビレは黙る。褒められているのか、解体されているのか分からない。
彼はさらに頁をめくり、小さく息をついた。
「町の心拍みたいだ」
その一言で、ディアビレの指先が止まった。
これまで誰にも見せるつもりはなかった。働きながら勝手に拾ってしまった景色を、捨てられなくて書いていただけだ。けれど、目の前の男はそれを飾りではなく、生きているものとして読んでいる。
「本気で、どこかに出した方がいい」
「無理です」
「なぜ」
「こういうのは、ちゃんとした人が書くものです」
「ちゃんとしてる人は、雨の窓をそんなふうには書かない」
さらりと言われて、胸の奥が妙に熱くなる。ディアビレは照れ隠しにコーヒーカップを持ち上げたが、空だった。
ジナウタスはすぐに気づいて、黙って注ぎ足す。
「出版でも記事でも、形は何でもいい。おまえの言葉は残した方がいい」
「……そんなに」
「そんなにだ」
コーヒーの湯気が上がる。ディアビレはそれを見つめながら、笑ってごまかすしかなかった。
「困ります。そんなふうに言われると」
「困れ」
「意地悪」
「本音だ」
また鼓動がうるさくなる。ノートを褒められたせいだけではないと、自分でも分かっていた。誰かが自分の言葉にここまで真剣な顔を向けること自体が、もう十分に特別だった。