夕方の光が傾いて、教室の床を斜めに照らしていた。机の上には、蓮司の飲みかけの缶コーヒー。
ゆっくりとドアが開いて、制服の袖を握りしめた少年が立っていた。
「……入っていいですか」
「好きにしろよ」
蓮司は足を組んだまま、視線だけを向けた。
少年は一歩、二歩と近づき、机の前に立つと小さく息を吸った。
「“誰かの支え”になりたいのに、自分が限界なんです。
友達が落ち込んでると放っておけなくて、
つい話を聞いたり、励ましたりして……
でも気づいたら、俺のほうがしんどくなってて」
蓮司は軽く眉を上げた。
「優しいな、お前」
「……優しいって言われるの、苦手です」
少年は俯いた。
「優しいって言葉、責任みたいに感じて。
『支えなきゃ』って焦るうちに、自分が空っぽになっていくんです」
蓮司は少し黙って、缶を手に取った。
「支えようとするのって、実は“助かりたい”からなんだよ」
少年は顔を上げる。
「……助かりたい?」
「そう。誰かを救えば、自分の中の何かも報われる気がする。
だから無意識に、頑張りすぎる。
でもな、支えるってのは“背負う”ことじゃねぇ。
ただ、隣に立つことだ」
風がカーテンを揺らし、教室に淡い影を落とした。
少年は拳を握りしめる。
「……でも、放っておくのも罪悪感があるんです。
もし自分が何も言わなかったせいで、あいつが壊れたらって思うと……」
蓮司はその言葉を遮らず、静かに聞いていた。
やがて、机に置いた缶を指先で転がす。
「お前が全部どうにかしようとしなくていい。
“支えたい”って気持ちがあるだけで、
もう十分、人を救ってる」
少年は一瞬だけ目を見開いた。
その瞳に、夕陽の色が映る。
「人を救うって、綺麗ごとじゃねぇ。
泥だらけだし、報われねぇことのほうが多い。
でも、それでも誰かを想えるやつは、ちゃんと生きてる証拠だ」
少年はゆっくりと息を吐いた。
肩の力が、わずかに抜ける。
蓮司は立ち上がり、窓の外に目を向けた。
「限界なら、止まってもいい。
人を支えられない自分を責めるな。
そうやって苦しんでる時点で、お前はちゃんと“優しさ”の中にいる」
夕陽が沈み、影が長く伸びていく。
教室の中に、淡い静けさが落ちた。
その沈黙の中で、少年は小さく頷いた。







