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第十三章 繋がる願い
第六話 夜空から消えた月
ーーゴーン……
ーーゴーン……
夕刻を告げる教会の鐘が、ラディスの街へ静かに響き渡る。
その音を背に、ダイチは馬を走らせていた。
今日の午後はシアンとマリンの稽古に付き合っていた。
二人の成長を見ながら過ごす時間は穏やかで。
気付けば夕刻に迫っていた。
「ハヤト達、もう宿で待っとるやろな……」
小さく呟きながら、薬屋の前で馬を止める。
そして勢いよく扉を開けた。
カランカラン——
乾いた鈴の音が店内へ響く。
奥からジントの祖母が顔を出した。
「あら、ダイチ坊っちゃん」
「ジントおる?」
ダイチがそう尋ねた瞬間。
祖母は不思議そうに目を瞬かせた。
「おや?」
「今日も一緒だったんじゃないのかい?」
「……え?」
ダイチの表情が固まる。
祖母は少し不安そうに続けた。
「昼頃に薬草を取りに行ってねぇ……」
「なかなか帰ってこないから、そのままダイチ坊っちゃんと一緒にいるものだと思ってたんだけど……」
そして
「ジントが何も言わずに遅くなるなんて、珍しいから……」
その声が僅かに震えた。
ダイチの心臓が、ドクン、と嫌な音を立てる。
次の瞬間、ダイチは勢いよく身を翻した。
乱暴に扉を開け、馬へ飛び乗る。
「ダイチ坊っちゃん!?」
祖母の声を背に、ダイチは馬腹を蹴った。
「ハッ!!」
馬が石畳を蹴り、一気に駆け出す。
そのまま北門へ向かう。
「お、おい! 速度を——」
門番の制止も聞かず、ダイチはそのまま門を抜けた。
「ジント!!」
風を切りながら叫ぶ。
「どこや!!」
記憶を頼りに、ジントがよく薬草採取をしていた場所を巡る。
森の奥。
川辺。
開けた草地。
だが、どこにもいない。
辺りは徐々に薄暗くなり、森は昼とは違う顔を見せ始めていた。
ダイチは懐から魔石灯を取り出す。
淡い光が木々を照らした。
「ジントー!!」
叫ぶ。
だが返ってくるのは、木々のざわめきだけ。
心臓が激しく脈打つ。
呼吸が浅くなる。
嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
「ダメや……!」
ダイチは目を強く閉じた。
「しっかりせな……!!」
自分へ言い聞かせるように呟き、再び馬を走らせる。
そして昔、二人で薬草採取をした場所へ辿り着いた。
ダイチは馬を降りる。
魔石灯の光が、木の根元を照らした。
その瞬間。
「——っ!!」
道から少し外れた場所に、何かが落ちている。
見覚えのある籠。
ジントが昔から使っていた薬草籠だった。
その近くには、薬草採取用のナイフが転がっている。
ダイチは震える手でそれを拾い上げた。
「ジント……!!」
視線を巡らせる。
そこでようやく気付いた。
木々が抉れている。
何かに吹き飛ばされたような跡。
焼け焦げた木肌。
散らばる木片。
不自然に盛り上がった地面。
その光景を見た瞬間。
ダイチの顔色が変わる。
「……まさか……」
今朝、父と交わした会話が脳裏を過る。
月蝕の子。
教会。
情報の隠蔽。
そして帝都の宿屋での出来事を思い出す。
嫌な予感が、現実へ近付いてくる。
ダイチは籠とナイフを強く握り締めた。
そして再び馬へ飛び乗る。
「ハァッ!!」
全速力で馬を走らせる。
やがて北門へ辿り着き、勢いよく馬を止めた。
「おっちゃん!!」
門番が驚いたように振り返る。
「ジントが戻るの、見とらんよな!?」
「あ、あぁ……昼頃に薬草取りへ出たっきりだ」
ダイチはさらに身を乗り出す。
「じゃあ! 何か怪しい奴とか……教会の奴、通らんかった!?」
門番は少し考え、ハッとしたように頷く。
「あぁ、教会なら帝国から来たっていう荷馬車が一台通ったぞ」
「東門へ抜けるって話してたな」
その言葉を聞いた瞬間、ダイチの瞳が鋭く細められる。
次の瞬間には、再び馬を走らせていた。
薬屋へ戻ると、ジントの祖母が灯りを持って外に立っていた。
ダイチの姿を見つけ、ハッと顔を上げる。
ダイチは馬を止め、静かに籠を差し出した。
祖母は震える手でそれを受け取る。
その表情だけで、全てを察したようだった。
ダイチは強く唇を噛む。
「……ジントは必ず見つけるから」
それだけを言い残し、再び夜の街へ駆け出した。
——ジント。
頼むから。
無事でいてくれ……!!
祈るような想いを抱えながら、ダイチは夜のラディスを駆け抜けた。
◇
「ダイチとジント、今日はやけに遅いな……」
窓の外を見ながらハヤトが小さく呟いた。
すっかり日は暮れ、ラディスの街には魔石灯の明かりが灯り始めている。
宿屋の部屋は、暖かな灯りに包まれていた。
「ま〜た二人でデートでもしとるんちゃう?」
シュンタがニヤニヤしながら言う。
「あの二人のことだ、何かに夢中になって時間を忘れている可能性はあるな」
ジュウタロウが静かに返す。
その言葉に、ハヤトも少しだけ笑った。
「確かにな」
穏やかな空気。
いつもの夜だった。
そのはずだった。
「先に下へ降りておくか?」
ジュウタロウが立ち上がろうとしたその時。
ダダダダッ!!
激しく廊下を駆ける音。
次の瞬間。
バンッ!!
勢いよく扉が開かれた。
「——!?」
驚いて振り返る三人。
そこに立っていたのは、肩で激しく息をするダイチだった。
額には汗が滲み、顔は青ざめている。
「ダイチ……!? どうした!?」
ただならぬ様子に、ハヤトがすぐ駆け寄る。
ダイチは息を整えようとする
だが、震えるほど焦っているせいか、上手く言葉が出ない。
「はぁ……っ、はぁ……!」
ようやく絞り出す。
「……ジントが……」
「ジントが、いなくなった……」
その瞬間、部屋の空気が凍り付いた。
「……え?」
シュンタの笑みが消える。
「待って……どういうことや!?」
慌ててダイチの肩を掴む。
ダイチは苦しそうに息を吐いた。
「森に……薬草取りに行っとったみたいや」
「でも……」
拳を握り締める。
「籠とナイフだけが落ちとった」
「何かに襲われたような跡もあった……」
ジュウタロウの表情が険しくなる。
「他に何か痕跡は」
「木が抉れとった」
「魔法を使ったみたいな跡も……」
ダイチは悔しそうに唇を噛む。
「北門の門番が……」
「帝国から来た教会の荷馬車が通ったって言っとった」
「……教会か」
ハヤトとジュウタロウの表情が変わる。
脳裏に蘇るのは、帝都の宿屋で起きた襲撃事件。
ジュウタロウが低く呟いた。
「また、あのような硬手段に出たのか……!」
その声には、隠しきれない心怒りと心配が滲んでいた。
ハヤトはすぐにダイチへ向き直った。
「荷馬車はどこへ向かったか分かるか?」
「東門を抜けるって話しとったらしい……!」
その言葉を聞いた瞬間。
シュンタが勢いよく立ち上がる。
「東門なら、急げばまだ間に合うかもしれへん!」
「行くぞ」
ハヤトの声が鋭く響く。
三人は素早く武器を手に取る。
剣。
マント。
宿屋の空気が一瞬で変わった。
そのまま階段を駆け下り、外へ飛び出す。
素早く馬へ跨がる。
その音が夜へ響く。
隣で手綱を握るダイチは、自分を責めるように俯いている。
顔色が悪い。
そんなダイチの肩を、ハヤトが強く叩いた。
「きっと大丈夫だ」
真っ直ぐな声。
「俺たちで、必ず見つけよう」
ダイチはハッと顔を上げる。
目の前には、強い光を宿した黄金の瞳。
その光に、ダイチは小さく頷いた。
「……あぁ」
次の瞬間、四人は同時に馬を走らせた。
夜の街道へ、蹄の音が高らかに響き渡る。
流れていく街の灯り。
頬を打つ冷たい夜風。
全員、前だけを見据えていた。
ダイチの青い瞳には、不安も焦りも怒りもあった。
けれどそれ以上に強い思い。
父の言葉。
『お前のその力は、大切なものを守るためにある』
脳裏に浮かぶのは、
『また明日』
そう言って柔らかく微笑むジントの笑顔。
ダイチはギュッと手綱を握る。
そして再び開いた青い瞳には、迷いのない光が宿っていた。
——ジント。
——今度こそ、俺の力で守る……!
◇
人通りの少ない夜の街道を、四人は全速力で馬を走らせていた。
冷たい風が頬を打つ。
激しい蹄の音が夜へ響く。
やがて東門の明かりが見えてきた。
「止まれ!!」
門番の声に合わせ、四人は馬を止める。
ハヤトがすぐに前へ出た。
「ここを教会の荷馬車が通らなかったか?」
門番の男は、怪訝そうに眉を顰める。
「教会?」
「あぁ、それなら夕刻前にここを抜けようとしてたな」
ダイチ達の表情が強張る。
だが門番は続けた。
「……けど、何かを逃がしたとかで急に騒ぎ始めてよ」
「結局そのまま街へ戻っていったぜ」
「教会と名乗るくせに、なんか妙にコソコソした連中だったな」
その言葉を聞いた瞬間、四人は顔を見合わせた。
——ジントはまだラディスにいる。
ダイチの胸が強く脈打つ。
門番は嫌そうに肩を竦めた。
「しかもあいつら、貧民街の方まで探し回ってたらしいし」
「まったく……騒ぎは勘弁してほしいぜ」
「……貧民街」
シュンタが小さく呟く。
表の人間が滅多に足を踏み入れない、ラディスの裏側。
喧嘩。
盗み。
闇取引。
力を持たない者達が、必死に生きる場所。
そんな場所へ、ジントが——。
シュンタの顔色が変わる。
「……早よ見つけなアカンな……!」
ダイチがすぐに馬首を返した。
「貧民街はこっちや!!」
四人は再び馬を走らせる。
広い街道を抜け、市場通りへ入る。
だが進むにつれ、街の空気が変わっていった。
灯りは少なく、建物は薄汚れている。
崩れかけた小屋。
積み上げられた木箱。
割れた酒瓶。
湿った空気。
狭い路地の奥から聞こえる、人々の小さな話し声。
道端には、疲れた顔で夜をやり過ごす者達。
ボロボロの服を着た子供達。
値踏みするような目。
壁際から向けられる視線には、警戒と諦めが混ざっていた。
明らかに、表の街とは違う空気。
そしてここは、表の世界に居場所を失った者達が必死に生きている場所でもあった。
力を持たない者達が、それでも明日を迎えるために暮らす場所。
ハヤト達は目立たない所を探し馬を降りる。
市場裏の、比較的安全そうな空き地。
「ここからは歩いて探した方が良さそうだな」
ハヤトの言葉に三人が頷く。
「あんまり目立たんようにせんとな……」
シュンタが小さく言う。
四人はそれぞれ、黒いマントやローブを羽織った。
夜闇へ溶け込む色。
ジュウタロウが周囲を警戒しながら口を開く。
「手分けして探すか」
「見つけた場合の合図は——」
その時だった。
「あっ!」
突然シュンタが鞄を漁り始める。
「ちょ、あったあった!」
取り出したのは、
小さな筒状の魔道具だった。
ジュウタロウが目を細める。
「……爆煙筒か?」
「そうや!」
シュンタが得意げに頷く。
「何かあった時用に持っといたんや」
「離れた場所で見つけたら、これ使って」
「音も出るし、煙も上がるから分かるはずや」
そう言って、一人ずつへ手渡していく。
ダイチはそれを受け取り、静かに懐へしまった。
そして固く唇を噛む。
不安。
焦り。
嫌な予感。
色んな感情が胸を渦巻いていた。
だが今は立ち止まっている暇などない。
四人は互いに顔を見合わせる。
ハヤトが真っ直ぐ前を見据え、強く言った。
「……よし」
「必ずジントを見つけるぞ!」
その声を合図に、全員で一斉に駆け出した。
夜の貧民街。
深い暗闇の中へ、たった一つの思いを胸に、四つの影が飛び込んだ。
コメント
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最近この作品を見つけて、それ以来この作品の更新を楽しみにしています!今回のお話も最高でした✨️次の更新も楽しみにしています!
ああああ第54話読み終わったけどもう胸が苦しすぎる……!!😭💦 ジントが行方不明になってダイチが必死に探すシーン、マジで手に汗握ったよ…!薬草籠とナイフだけ落ちてて、木が抉れてる現場を見つけた時のダイチの焦りとか、青ざめた顔で「ジントがいなくなった」って言うところ、もうこっちまで息できなくなった…。そして教会の連中が貧民街まで探してるって情報、嫌な予感しかしないよ…!! でもハヤトの「必ず見つけよう」って言葉と、ジントを守るって決意したダイチの青い瞳の光、ここでちょっと救われた気持ちになった…!次の展開が気になりすぎて夜しか寝れないんだけど!?😭💕 続きが待ちきれないよ…ジント無事でいてほしい…!!