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王国歴732年11月25日
降り注ぐ光を集めたような金髪をした美しい男性が、私を愛おしそうに見つめていた。
少し憂いを帯びた熱っぽいアメジストの瞳には、世界一幸福な女が映っている。
女として産まれて来たのなら、彼に恋しないのは女じゃないと言われるような男だ。
───私は今日、最愛の男と二度目の結婚をする。
「オスカー・アベラルド。そなたは、シェリル・ヘッドリーを妻とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、妻を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」
目の前に立つ麗しい男が私に微笑みかけている。
「はい、誓います」
「シェリル・ヘッドリー、そなたは、オスカー・アベラルドを夫とし、病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びあっても、悲しみあっても、死が2人を分つまで愛を誓い、夫を想い添うことを、神聖なる婚姻の契約の元に、誓いますか?」
瞬間、自分が夢を見ているのだと思った。
私は確かに夫オスカーと共に処刑された。アベラルド王家は滅びたはずだった。しかしながら、神様は私にやり直しの機会をくれた。クーデターにあい夫と共に贅沢悪女として断罪された私。気がつくと夫オスカーと結婚する二年前。私は過去を反省し、質素倹約を心掛け民の為に尽くした。
今度こそ私は彼を幸せに出来る。過去に戻れてやり直しの機会を与えて貰えたのは何という奇跡だろう。
「はい、誓います」
風がとても強くて雲が凄いスピードで流されていた。誓いの言葉を言った瞬間、新郎であるオスカーの後ろには雲一つない青空が広がっていた。私はその時、この愛を今度こそ守れると信じた。
感動的な式を終え夜になると、私は透けて肌が見えそうな恥ずかしい下着に着替えて寝室でオスカーを待つ。回帰前、彼とは何度も激しく愛を確かめ合ってきたが今世では初めてだ。
しかし、いくら待っても想い人は来ない。それどころか扉の外はずっと騒がしい。
私は意を決してロイヤルブルーのガウンを羽織り、重いモスグリーンの扉を開けた。
「⋯⋯あっ、シェリル王子妃殿下」
私を見るなり扉の前で冷や汗を垂らしている護衛騎士が申し訳なさそうな顔をした。
「オスカーはまだ来ないのかしら?」
護衛騎士などに聞いても意味もない事を聞いていると、自分でも自覚がある。しかし灰色の髪に藍色の瞳をしたその騎士は言いづらそうに口を開いた。
「オスカー王子殿下のお子がお生まれになったのです」
「⋯⋯はぁ?」
私は今、夢の世界にいるのだろうか。
何の冗談だろう。私とオスカーの間の子が生まれた事はない。オスカーの子が生まれるなど、まるで彼が他の女と浮気したような話ではないか。
「オスカーと誰の子?」
震える声が自然と漏れる。処刑される直前まで私に愛を伝え続けた彼が裏切る事などあるのだろうか。回帰してから、愛するオスカーと生き延びる事だけを考え国に尽くしてきた。
「情婦の⋯⋯いえ、カロリーヌ・ダミエ男爵令嬢との子であります!」
突然出てきた名前は私の知らない女の名前。
頭の中は疑問と不安と怒りで埋め尽くされる。
オスカーが他の女を抱いたというショックで頭が爆発しそうだ。
これは夢なのだろうか、私は崩れ落ち落ちそうな体を抱きしめながら寝室に戻る。
花瓶にある二本の赤い薔薇を見て苦笑いが溢れた。私は回帰してから反省して節約に努めてきた。今日着用していたウェディングドレスも新たに作ったものではなく、王妃殿下が着たものをリメイクしたものだ。薔薇だって本当は『永遠の愛』を意味する九十九本を用意したかった。でも、節約して用意した二本の薔薇には意味がる。
───『この世界にはあなたと私二人だけ』
愛するオスカーとの幸せな未来だけを願い私はこの二年、この国を豊かにする事に心を砕いて来た。
ゆっくりと燭台に近づくと蝋燭の赤く灯る火を静かに息を吹きかけて消した。あたり一面に暗闇が訪れる。部屋にはうっすらと銀色の月明かりだけが希望の光のように差し込む。
私はシーツに包まり、今の信じられない状況から目を逸らそうとすると扉が静かに開く。
「シェリル? もう、寝てしまったのかい?」
頭上からするオスカーの声に私は無視を決め込んだ。すると、彼はするりとシーツをめくって来る。
「はぁ、良かった。今、君を抱く気分じゃなかったんだ」
静かに呟いた彼の言葉に、私の脳は一気に沸騰した。パチリと目を開けた私に彼が目を丸くする。
「オスカー、貴方浮気してたの? 子供って何?」
彼は一瞬気まずそうに目を逸らしたが徐に口を開き、ことの顛末を語り出した。
カロリーヌとは私が首都を三ヶ月くらい留守にし、領地の温暖な気候を利用した二期作に取り組んでいた時に関係を持ったらしい。
───気持ち悪い! 気持ち悪い! 生理的にもう無理!
回帰して二年、夫の為、国の為に尽くすように軌道修正した私に待ち受けていたのは夫の裏切りだった。
「カロリーヌの事は結婚に関する一連の行事が終わったら、伝えるつもりだったんだ」
私の髪を撫でようと手を伸ばしてくる、オスカーの手を叩く。すると、彼は呆れたように溜息をついた。
「そういう重要な事は結婚式前に伝えるべきじゃない? こんな騙し討ちみたいな結婚は卑怯よ」
婚約期間七年。オスカーは私の性格を熟知している。浮気が分かったら、結婚を止めると言い出すと思って隠していたのだろう。
「騙し討ちされたのは僕の方なんだよ。カロリーヌは避妊薬も飲んでるって言ってたし、夜伽の練習くらいの感覚だったんだ」
悪びれもせず、予想の斜め上の弁明を繰り出すオスカー。温めてきた愛が一瞬で覚める瞬間だ。
「そうやって、私がいない所では浮気をしてたのね。もう、いいわ。出てって」
「初夜に僕がここに来ないと君が恥をかくから、忙しいのに足を運んで来たんだ。浮気って言うけれど、君に責任があるって分からない?」
「責任?」
「二年前から君はおかしいよ。今日のウェディングドレスだって母上から譲り受けたドレスのリメイク? 型も古くて貧乏臭くて恥ずかしかった」
今、消えたいくらい恥ずかしいのは私の方だ。結婚式まで周りに愛人の妊娠を隠されていた。初夜に愛人に出産され、護衛騎士にまで気を遣われる始末だ。
王家の贅沢が民衆の怒りを買い、クーデターが起こるのは一年後。私は貴族ばかりに目を向けて、民が困窮に喘いでいるのを知りもしなかった。新しいドレスなんて作っている暇はない。皆が注目する結婚式、民衆にも王家も共に質素倹約に勤しんでいるとアピールしなければならかった。
「前は一度着たドレスは二度とと着なかったよね。最近は、使い回しばかりだ。僕の為に馬鹿みたいに着飾ってる君が好きだったんだ」
「今の私は好きじゃないって?」
オスカーと私は回帰前、ラブラブだった。こんな風に彼が私を責めた事は一度もない。いつも彼は私を前にすると跪いて愛を語った。死の直前の言葉でさえ私を慈しむ言葉を紡いだ。
「正直、僕の心は君から離れている。僕に少しでも可愛いと思われたくて、着飾るカロリーヌの方が愛しく見えてしまったんだ」
頬を厚いものが伝うのを感じる。一時の気の迷いではなく、彼は私ではない女を好きになり抱いたらしい。私の涙を彼が指で掬ってくる。彼の柔らかな指の感触が好きだったけれど、今は吐きそうなくらい気持ち悪い。
「君が心を入れ替えてくれれば、僕の心は取り戻せるよ。いずれにしろ、将来王太子になるのは君と僕の子だ」
「そういう事じゃないでしょ」
自分の声が驚くくらい震えていた。こんなに声が震えたのは処刑される直前以来だ。カロリーヌは側室になるのだろう。明日からは彼女の生んだ子が主役だ。明日の結婚披露の舞踏会にも多くのお客様が来る予定。私は明日もエレーヌ王妃殿下から譲り受けた型落ちのドレスをリメイクして着る。
「シェリル、君は誰より美しいよ。でも、元来の美しさに胡座をかいている所はなかった? 女性は花なんだ。花は水をあげて手入れをしてこそ美しく咲く。政治に口を出したり生意気なのは可愛くない。おいでシェリル、抱いてあげるから」
手を広げて、私を待ち構えるロイヤルブルーのガウン姿の男。その気はないけれど、お前の為に抱いてやるとでも言いたげだ。
「もう、結構ですわ。離婚してください。オスカー・アベラルド」
背を正し、敢えて他人行儀に言い放つ。
八年も婚約して信頼関係を傷つき、時を遮っても彼と生き残る道筋を探り努力し続けた自分が愚かだ。私の愛した男は、どこにでもいる浮気性な男だったらしい。
私は彼への好意をエネルギー源として動いていた。もう、ここに私の居場所はない。もう、彼は私の愛するオスカーではない。オスカー・アベラルド、ただのよくいる好色な君主の一人。彼に尽くすなんて馬鹿馬鹿しい。