それは満天の星空のように虚空に散りばめられていた。
この空間において存在しうるはその粒たちだけ。
「どうか私たちをお救いください」
その願いに応えるため、粒たちはここに現れたのに、何も出来ないでいる。
「どうか、私たちを、お救いください」
その願いは強く語りかけてくるようだが、ここにある粒たちにはいまその願いを叶える力はない。
あの世界のごく一部において神域と呼ばれるその場所で、今そう強く願う者がいる。
願いは届いた。だが、今は無理なのだ。
手順も踏まず、たった1人でそれを成そうとし、ここに呼び寄せただけで願いの強さが確かなのではあるが、まだ不完全なこの粒たちはこれからその願いのために動けるようになるには長い月日を要するだろう。
その少年は3歳の頃に高熱を発して生死の境を彷徨った。
身体は熱く全身は酷い倦怠感で動くこともままならない。
そんな状態は1週間も続く。医者は風邪を拗らせたのだろうとだけ。母親はつきっきりの看病をしているが一向に良くならない。
やがて少年の荒い息はおさまり、苦しげな表情も消え失せた。
少年は夢の中で花畑を散歩していた。
ここはどこだろうか。見覚えなどない。
少年はずっと、覚めることなく歩き続けている。どこまでいっても景色は変わらない。ついには足跡を見つけた。この先に誰かいるのだろう。
足跡を辿る。いつしかそれは2人分になっていた。
どこまでもまっすぐ続く足跡。
それが3人分になったとき、全ての足跡の大きさが同じで、似たような歩き方であると気づき、振り返り見た自分がつけた4人目の足跡も同じ大きさに歩き方であることに気づいた。
少年は足跡を辿るのをやめた。けど歩かなくてはいけない気がして左を向いて歩き進めた。
かすかに、声が聞こえる気がする。何を言っているのか分からない。けどそこには願いがあるような気がした。誰かの願い。
行かなくては。少年は走る。方向は間違ってないはずなのに、聞こえる声はそのままで近づいている気配はない。
どこまでも走り続ける。やがて花畑が徐々に色褪せ始めて心に焦りが出てきた。このままではいけない。
声の元にいかなきゃ。
いよいよ花は枯れて黒ずんできた。視界が狭まるような錯覚。
いや、足元の大地が端から崩れていっている。
これが自分の所までくれば死ぬ、と少年は漠然とだがそう感じた。
壊れゆく世界で走り続けて少年はその声を聞いた。
助けを求める声。今なお誰かに助けを求めるべきなのは自分なのに、その声の主を助けないと、と脚を速める。
けれど、すでに大地は崩れてか細く1人分の幅も怪しい。
ついに足元が崩れて、少年はその下の闇に呑み込まれた。
満天の星空のように散りばめられた光の粒が少年を優しく照らす。
今は上も下もない世界で身体の動かし方も忘れたように、少年は漂っている。
「わあぉっ! この子がお迎えなんだねっ! かぁわいいっ!」
「私たちはまだまだ順番待ちですけどね」
「我らは構わぬ。だが彼をこのまま散らばったままには出来まい。この少年の消えかけの灯を救う代わりに迎えてもらおう」
「本来ならおめぇ転移なのによ、こんなに細切れになっちまって……ひと様の肉体を依代にしなきゃなんねえとは」
「それでもこの場にたどり着くほどの魂の器。許容できるやもしれぬ」
口々に何かしらの事情がありそうな言葉が続く。
少年はただただこの空間に響くその会話を聞いていた。とは言えまだ小さな子ども。その言葉の意味することなどさっぱり分からない。
「ねえ、きみっ! このまま死んじゃうか、この星達を連れて生き返るか、どっちがいいっ?」
突然問いかけられて、少年は生き返りたいと思った。
「ガハハ、そりゃそうなるわな」
「だがそもそも生きたいという気持ちが無ければ成功せん」
「やっとだ。やっと行けるのだぞ。集まってこい。この少年と共に生きるのだ」
星空のような粒たちは少年に向かって集まり溶け込んでいく。
少年に様々なものが入ってくる。自分が自分で無くなる、そんな変化は案外と安らぐものだった。
星空の消えた空間で少年は立った。上も下もないここで。
「ありがとう、みんな。俺はこれで行くよ」
「うんっ。またいつかねっ!」
「私が行くまで待っててくださいね」
「我もだぞ」
「ガハハ、忘れられねえうちに行かないとな!」
「そなたが生きているうちには行くだろう」
「ああ、どれだけ経とうとも、俺は待っているよ」
少年は歩く。この空間には距離もない。
だからこそ、願う声の主に対面した。
それは真っ白に輝くエレメント。
助けを願うラビ種の祈り。
「お前が俺を呼んだのだな?」
エレメントは瞬いてみせた。
「ああ、そうだな……待たせて済まない。これからは俺と共に行こう」
少年はその白を両手で包み、この空間から出て肉体へと戻った。
「ああ……だめっすよ、これはもうダメなんすよぉ」
うさ耳の少女は悔しさと絶望と目の前の男への信頼の間でそれでも諦めかけている。
「泣くなうさ耳。大丈夫だ、俺の友達が来てくれたからな」
そうして呼び出された白のエレメントは鳥の姿で顕現した。
ずいぶんと昔の願いのチカラ。少年は長い時を今日まで大事に抱えていたのだ。
このうさ耳はその魂の在り方が、願いの主の子孫であると教えてくれる。
成長した少年はこのうさ耳少女がそうであると知っている。願いの主こそ助けることは間に合わなかったが、その分もこの子に救いと希望を見せてやりたいと願う気持ちは元少年もエレメントも同じだ。
そのためにもまずは目の前の黒いものを消し去ろう。
元少年のチカラは凄まじい。白はその補助にしかならないが、元少年とチカラを合わせてこの未来のある少女を救えるのが嬉しい。
元少年は白を輝石に封じて少女に渡す。
少女は受け取り白のエレメントの取り込まれた輝石と魔力で繋がった。
長い時をいつ消えるともわからないままいたエレメントは少年と生きてさらに長い時を経てうさ耳少女に出会った。
実のところうさ耳少女に出会う前に少年は何度も願いのために動いてくれた。
そして現れた少女を見て、ここに住まわせてやろうと輝石に封じて託したのだ。
七色のエレメントと白のエレメントが取り込まれた唯一の輝石はうさ耳少女に今日も希望を与えている。
「響き渡るは天上の讃歌
与えられしは清澄なる雫
地より出でし魂の慟哭に
讃えよ、かの御業を
闇を切り──」
ゲンコツが落ちてきてうさ耳少女を涙目にする。
「いだぁいっす! なにするっすかー!」
「何するはお前だ。あんなものを気軽に打ち出そうとするな」
「だって、ダリルさんのあれすっごいかっこよかったっすもん! 私もやってみたいっす!」
「白は確かにそこに居て、出来なくはないがそんな気持ちでお試しでやるもんじゃない」
「ぶーっ!」
元少年は少女のことを大事にしてくれている。白のエレメントは少女と繋がって、今の魔術も出来なくはないが、魔獣でもないただの狼一頭に放たれていいものでもないので、止めてくれてありがたい。
それをなんだかんだうさ耳も分かっていて、口ではぶー垂れてもそうして見ててくれてることが嬉しくてたまらない。
その気持ちが幸せによるものだと白は知っている。
形はどうあれ願いは叶い、その子の先をこれからも見続ける事が出来ることに白も元少年に感謝しているのだ。
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