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日下部の息が荒いまま、教室の空気が重く沈む。沈黙の中、遥はようやく目を上げた。
その目の奥には、怜央菜の声がまだ残っている。
──「もう、誰も傷つけないで」。
「……守りたいって、言っただろ」
日下部の声はかすれていた。
「でも、俺がそばにいれば、おまえが余計に壊れていくのか?」
遥は答えられない。
その沈黙が、肯定のように響いた。
日下部が唇を噛む。
「……じゃあどうすりゃいいんだよ。
おまえの“痛み”を、誰にも見せないまま、ただ見てろって言うのか?」
「違う……見ててほしいんだ」
遥が小さく、しかし確かに言った。
「でも、踏み込まないでほしい。
あの家のことも、颯馬のことも……もう、誰にも触れられたくない」
日下部の拳が、机の縁を再び叩く。
「そんなの、耐えられるわけねぇだろ!」
怒鳴り声が、教室に反響する。
遥は肩を震わせた。
けれど、逃げない。
「……俺、もう誰にも壊されたくない。
優しくされるのが、一番怖いんだ」
その一言で、日下部の体が止まった。
そして静かに膝に手を置き、視線を落とした。
「……そうか」
沈黙が落ちる。
風が窓を叩き、遠くのチャイムが響く。
日下部は立ち上がり、遥の前に歩み寄る。
そのまま、ゆっくりと額を寄せた。
「それでもいい。おまえが怖くても、俺は離れねぇ」
遥は息を呑む。
胸の奥が痛む。
それは恐怖でも、拒絶でもなく──ずっと忘れていた“温度”の痛みだった。
──その瞬間。
ドアの外で、何かが軋んだ。
二人が振り向く。
ガラスの向こう、廊下の薄闇に立つ人影。
視線が交わる。
無表情のまま、それでもはっきりとした“敵意”を孕えた目。
颯馬だった。
彼の目が、遥の首筋を一瞬見た。
その視線の刃が、遥の肌を焼くように突き刺さる。
颯馬の唇が、静かに歪んだ。
そして──笑った。