テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
アドラル皇国
23
こはる
1,604
上野文
8,314
ヴァンガルド帝国の首都、モスコウビア。
その巨大な城壁を、十五万のモンゴリア帝国軍が幾重にも取り囲んでいた。
東方より押し寄せた――恐怖の王。
その襲来を前に、帝都になすすべはなかった。
モンゴリア軍が恐ろしいのは、平原を駆ける騎馬軍団だけではない。
彼らは東方から、チャイ人の工員や技術者を大量に連れてきていた。
巨大な投石機。
城門を打ち砕く破城槌。
城壁へ兵を送り込む攻城塔。
征服した国々の技術を取り込みながら、
モンゴリア軍は戦うたびに強大になっていた。
平原では騎馬軍団が敵を蹂躙し、
城に籠もれば、攻城兵器が城壁を打ち砕く。
逃げても追われる。
籠もっても破られる。
野戦においても。
攻城戦においても。
もはや、この軍勢に立ちはだかれる者はほとんど存在しなかった。
それでもモスコウビアは耐え続けた。
高い城壁。
深い堀。
大量の兵糧。
帝国最後の砦として、幾度となくモンゴリア軍の攻撃を退けてきた。
だが――。
その失陥は、あまりにも突然に訪れた。
「火だ!」
城内の一角から叫び声が上がった。
直後。
別の場所からも炎が上がる。
さらにもう一か所。
そして、もう一か所。
まるで示し合わせていたかのように、城内の数か所から同時に火の手が上がった。
「消せ!」
「水を運べ!」
兵士たちが一斉に走り出す。
守備隊の注意が城壁から城内へ向いた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音を立てて、東門が開き始めた。
「なぜ門が開いている!」
誰かが叫んだ。
答える者はいなかった。
そして次の瞬間――。
地響きがした。
開け放たれた城門の向こう。
無数の騎馬が姿を現す。
「敵襲!」
その叫びは、たちまち蹄の音に呑み込まれた。
モンゴリア騎兵が雪崩れ込んでくる。
門を守ろうとした兵は押し潰され、
逃げる者は背後から斬られた。
城内では炎が広がり続けている。
家々が燃え、
倉庫が燃え、
通りには逃げ惑う人々が溢れた。
そこへ次々とモンゴリア兵が流れ込んでくる。
もはや守備隊に、軍としての統制は残っていなかった。
その光景を。
皇帝セヴェリウスは、宮殿の窓から黙って眺めていた。
遠くでは、黒煙が空を覆っている。
帝国の旗が燃えていた。
城壁の上には、すでにモンゴリアの旗が翻り始めている。
長い戦いだった。
抵抗するために、できることはすべてやった。
それでも。
止めることはできなかった。
セヴェリウスは深く息を吐いた。
「エウロピアは……終わるかもしれぬ」
それは皇帝としての言葉ではなかった。
一人の老人が、
自分たちの時代の終わりを目の前にして漏らした、疲れ切った呟きだった。
やがてセヴェリウスは目を閉じた。
ほどなくして、宮殿の外が騒がしくなった。
怒号。
剣戟。
兵士たちの悲鳴。
それらは次第に近づいてくる。
そして――。
扉が蹴破られた。
武装したモンゴリア兵が、一斉に室内へ雪崩れ込む。
近衛兵が剣を抜いた。
だが抵抗は、ほんのわずかな時間しか続かなかった。
一人。
また一人。
近衛兵が倒れていく。
やがて皇帝セヴェリウスも捕らえられた。
皇帝が捕縛されたという報せは、瞬く間に城内へ広がった。
まだ抵抗を続けていた守備兵たちも、一つ、また一つと武器を捨てていく。
そして夕刻。
モスコウビアの城壁から、ヴァンガルド帝国の旗が降ろされた。
代わって掲げられたのは、
遥か東方よりやってきた征服者たちの旗。
こうして――。
長きにわたりエウロピア東部に君臨してきたヴァンガルド帝国は、
その歴史に終止符を打ったのである。
「玉座というものは、冷たいものだなあ」
ただ広い謁見の間。
その最奥に置かれた、背の高い椅子に腰を下ろしながら、バトウは率直な感想を口にした。
ヴァンガルド帝国皇帝が代々座ってきた玉座。
つい昨日までなら、外国の将がここに腰掛けるなど考えられなかっただろう。
だが今、その玉座に座っているのは――。
モンゴリア帝国、征西軍総司令官バトウだった。
宮殿の外では、今なお略奪が続いていた。
兵たちは家々へ押し入り、金銀を奪い、家畜を引き出し、
倉庫という倉庫を開けて回った。
帝都モスコウビアにおける略奪は、十日に及んだ。
そして、モンゴリア軍の侵攻は帝都だけでは終わらない。
周辺諸都市へ向けても、すでに軍勢が放たれていた。
モンケ。
グユク。
そして、帝国各地から集められた皇子たち。
彼らはそれぞれ軍を率い、次々と都市を攻略していった。
方針は単純だった。
降伏する者には寛容を。
抵抗する者には殺戮を。
城門を開けば命は助ける。
だが、一度でも抵抗すれば容赦はしない。
その噂が広がるにつれ、戦わずして門を開く都市まで現れ始めた。
抵抗する都市は焼かれ。
降伏する都市は兵站基地へと変わる。
一つの都市を落とせば、そこを足場にさらに西へ。
また一つ落とせば、さらにその先へ。
まるで無人の野を駆けるがごとく――。
モンゴリア帝国軍の侵攻は、とどまるところを知らなかった。
そしてバトウは、その報告を玉座の上で聞いていた。
だが。
彼が知りたかったことは、落とした都市の数でも、奪った財宝の量でもなかった。
「行かれますか」
スブタイが静かに問うた。
「ああ。行こう」
傍らにいたジュベは、何のことか分からず二人を見比べた。
バトウはしばらく黙っていた。
バトウは玉座から立ち上がった。
向かう先は、モスコウビアではない。
かつてヴァンガルド帝国の中心であり、
父ククス・ゼイオンが暮らした旧都だった。
コメント
1件
第11話読み終えたわ!いやー、モスコウビア陥落の描写がめちゃくちゃリアルで引き込まれた。内部からの火災と門の内通者、その隙に雪崩れ込む騎兵…歴史上の攻城戦を彷彿とさせる流れで「あっ…」ってなったわ。セヴェリウス皇帝の「エウロピアは終わるかもしれぬ」がもう全てを物語ってる感じで切なかった。最後のバトウの「玉座は冷たい」も、征服した側の虚しさが滲んでて良いスパイスだわ。続きどうなるんやろ🔥