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第4話:世界一孤独な人
> 「あなたは、“世界一孤独な人”に認定されました。」
通知は、壁に立てかけた古びたタブレットの画面に、静かに表示されていた。
その家に住むのは、カナエ。
70代後半、白髪を後ろに束ね、濃い茶色のカーディガンを羽織った、細身の老女。
窓際の椅子に座り、外を眺めるのが唯一の“日課”。
一言も声を発せず、買い物もネット注文だけ。誰とも関わらず、ずっとひとり。
その通知を見ても、彼女は何も言わなかった。
けれど画面を閉じなかった。それが“唯一の会話”だったから。
数日後、その扉を叩く音がした。
「こんにちは、ミナです。“世界一孤独な人”に挨拶しに来ました。」
カナエは無言で扉を見つめる。だが、鍵は開いていた。
ミナは赤いワンピースとスニーカー姿。小さな手に、紙袋を提げていた。
「おせんべいと、ミカンと、昔話を一つ持ってきたんです。」
部屋の中は静かだった。テレビはなく、本棚の小説は埃をかぶっている。
「昔ね、“一人でいるのが好きな人”と“誰とも話せない人”は違うって言われました。
……あなたは、どっちでしたか?」
カナエは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、小さく――ほんとうに小さく、口が動いた。
「……後者。」
外で大きな音がした。通りで倒れた工事の足場が、風で傾いていた。
近所の小学生が逃げ遅れている。
ミナが立ち上がり、窓から身を乗り出す。
「危ない!」
その瞬間――カナエが先に動いた。
廊下を駆け、玄関を蹴り開ける。
衰えた体が、風の中を突っ切る。
彼女は少年を抱き寄せ、倒れる足場の下からギリギリで引き抜いた。
風の中、真っすぐに立ち、白髪がたなびく。
一瞬、彼女の姿が、戦場を駆け抜けた“かつての看護兵”のようだった。
数日後、ミナが再び訪れたとき、カナエは言った。
「話すのが、少しだけ怖くなくなったの。」
ミナはにっこり笑った。
「じゃあ、次は“世界一、誰かの命を救った孤独な人”ですね。」
そして通知が更新された。
> 「あなたは、“世界一、静かに誰かを救った人”に認定されました。」
END