テラーノベル
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放課後の空気は、少しだけ重たかった。
カーテンの隙間から差し込む西陽が、机の上に細い影を落としている。
日下部は、向かいに座る生徒の視線が落ちたまま動かないのを見て、
声をかけずにただ待っていた。
しばらくして、ようやくその子がつぶやく。
「……“いい人”って、疲れますね」
日下部は眉をわずかに動かした。
「どういう意味?」
「周りが困ってると、つい助けちゃうんです。
頼まれると断れなくて。
“やさしいね”って言われるけど、本当はもう、そんな自分が嫌で……」
「嫌って?」
「“いい人”の仮面、外したいのに外せない。
優しくするの、もうやめたいのに。
でも、やめたら嫌われる気がして」
日下部は少し目を伏せた。
窓の外では、部活帰りの声が遠く響いている。
「……オレもさ、昔は“いい人”をやってた」
生徒が顔を上げる。
「誰かに優しくしてれば、悪く思われないし、
人に嫌われるのが怖かった。
でも、それって“優しさ”じゃなくて“防御”なんだよな」
「防御……」
「誰かを守るんじゃなくて、自分を傷つけないための“いい人”。
それを続けてると、だんだん自分の心が削れてくる。
“本当は優しくしたくないのに”って思いながら笑うの、
あれ、ほんとにきつい」
生徒は、手を握りしめた。
「……そうなんです。
優しくしたいわけじゃないのに、
優しく“してる自分”を壊すのが怖くて」
日下部はゆっくりと頷いた。
「でもさ、“いい人”をやめるって、“悪い人”になることじゃない。
本当の優しさって、誰かを思う前に、自分をちゃんと扱えることだと思う」
「自分を……?」
「自分を無視してまで人に合わせるのは、優しさじゃない。
ただの“我慢”だ。
それを続けてたら、いつか本当に優しくできなくなる」
日下部は少し間を置いて、
淡い声で続けた。
「たまには“もう無理”って顔してもいい。
“今日は助けられない”って言ってもいい。
それで離れる人は、最初から“お前の優しさ”じゃなくて“便利さ”に惹かれてただけだ」
生徒は小さく笑った。
どこか泣きそうな、でも少し軽くなったような笑顔だった。
「……“いい人”の仮面、外してもいいですか」
「いいよ。
仮面の下の顔で生きていけるようになったら、
たぶんそれが、ほんとの“優しさ”だ」
部屋の中に、沈む夕陽がゆっくりと差し込む。
柔らかな光の中で、日下部は小さく息をついた。
「無理して笑うより、素で黙ってるほうが、
人って案外、救われたりするんだよ」
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