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突然結婚してたから一瞬、1話飛ばしたかと思ってしまいました。 めちゃめちゃ素敵なお話! これから先、憂鬱になる事があったとしたら、一緒に星を眺めたこの日の事を思い出せば、ずっとずっと仲良しでいられそうですね。
素敵なお話でした。
結婚したのね!綾ちゃん推しの蓮さんと!おめでとう
ミーン ミーン ミーン
突然つんざくような蝉の鳴き声に綾は現実に引き戻される。
空には夏を惜しむかのようなモクモクとした入道雲が浮かんでいた。
もうすぐ夏も終わる。
その時綾の耳に夫の声が聞こえた。
「綾、具合はどう?」
綾はベンチに座っていた。
ベンチに近付いて来た夫は心配そうな表情で綾の様子をうかがう。
そう、実は綾は夫と外出中に具合が悪くなり木陰のベンチで休んでいたのだ。
綾は今妊娠していた。
暑さとつわりで気分が悪くなりここで休んでいた。
何かさっぱりした飲み物が欲しくなり、夫に買いに行ってもらったのだ。
最近食が細くなっている綾を心配し、夫は綾の食べたい物を食べさせようと今日外食に連れ出してくれたのだ。
しかし店へ向かう途中気分が悪くなる。
綾はここ最近常にイライラし気分も沈みがちだった。
特に夫に不満があるわけではないし他に何か原因がある訳でもない。
医者によると妊娠によるホルモンのバランスの乱れが影響しているのではないかと言われた。
妊娠するまではこんな事は一切なかったのに、今はなぜか無性にイラつきつい夫に当たってしまう。
綾はそんな自分にほとほと嫌気がさしていた。
一方、普段から優し過ぎるほど優しい夫は綾のイライラした態度など全く気にする様子もない。それよりもむしろ心配してくれている。
「綾、ほら、買って来たよ」
綾は夫が差し出した炭酸飲料を無言で受け取るとボトルのキャップを開けて少し飲んだ。
よく冷えたジュースはとても美味しかった。胃のムカムカが一瞬にして消える。
「イライラしてばかりでごめんなさい」
妻の突然の言葉に夫は驚いていたがすぐにこう言った。
「気にしなくていいよ。ホルモンバランスのせいだって病院の先生も言ってただろう?」
夫はそう言うと綾の頭をポンポンと撫でる。
「うん、でもいっつも当たっちゃってる」
「いいんだよ、綾は今二人分の身体で大変なんだから仕方ないさ」
綾の夫はそう言ってから飲みかけのペットボトルとキャップを妻から受け取ると蓋を閉めてくれた。
「どうする? ご飯食べに行ける?」
「うん、行きたい」
綾がベンチから立ち上がると夫が手を差し出したので綾はその手を握りゆっくりと歩き始めた。
そこで綾が夫に質問をする。
「ねぇ、あの夏の終わりの日の事、覚えてる?」
妻からの突然の問いに夫は驚いていたが、すぐに微笑んで言った。
「顔を真っ赤にしたお嬢さんと高層ビルのエレベーターに乗ったあの夜の事かな?」
望んでいた答えが返ってきたので綾はご機嫌になる。
「うん。じゃああの時流れ星をいくつ観たか覚えてる?」
「えーっと…最初に1つ見てその後続けて3つだろう? で、最後に1つだから、計5個だ」
「ピンポーン、正解」
綾は嬉しくて夫の手をギュッと握った。すると夫も綾の手をギュッと握り返す。
そんな夫に綾が言った。
「蓮、いつも優しくしてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとうな」
蓮は穏やかに笑った。
これからもし夫と大きな喧嘩をしても、
二人の間に大きな危機が訪れたとしても、
綾はこの先夫とずっと一緒にやっていける自信があった。
なぜなら綾にはあの夏の夜の想い出があるから。
あの時の想い出は心の流星痕となり綾の中でいつまでも生き続けていた。
もしその痕跡が消えてしまったとしても、そこに流星痕が存在していたという事実は誰にも否定する事は出来ない。
だから何が起こっても大丈夫。
きっときっとうまくいく
きっとすべてうまくいく
綾はそう信じていた。
夏の終わりの想い出は、あなたと見た流星痕。
それは私の心の中に永遠に生き続ける幸せの痕跡なのだ。
【流星痕】<了>