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その日仕事帰りに瀬戸麻子(せとあさこ)はデパートへ寄った。先月亡くなった母親の香典返しを送る為だ。

麻子はデパートへ入ると5階のギフトサロンへ向かう。

親戚や知人への返礼品を手配した後エスカレーターへ向かって歩いていると、催事場から聞き覚えのある優しい音色が響いてきた。


(オルゴール?)


気になった麻子は催事場へ足を踏み入れる。

するとそこには様々な種類のオルゴールが並んでいた。


まず最初に目を惹かれたのは展示用に置いてある大きな外国製オルゴールだ。

そのオルゴールが奏でる音色はとても深みがあり重厚感に溢れていた。


(そういえば最近オルゴールって売ってるのをあまり見かけないわね)


麻子は折角だからと催事場のオルゴールを見て歩く事にした。


そこに並んでいるオルゴールは様々な種類がある。


ガラス容器に造花が入ったオルゴール、

人形の形をしたオルゴール、

ピアノの形やスノードーム型のオルゴール。

そこで麻子は昔ながらの宝石箱のオルゴールを見つけた。この形は麻子が子供の頃流行っていた。

蓋を開けると小さなバレリーナの人形がくるくると回る。

その愛らしい動きに麻子は思わず目を細める。


(懐かしい……)


麻子は幼い頃を思い出しながら一つ一つを見て歩いた。


売り場の一番端まで来ると、麻子はハッとして立ち止まる。


(あっ!)


そこには見覚えのあるオルゴールがあった。

それを見た瞬間、麻子の脳裏に遠い昔の記憶が蘇る。


麻子は短大を卒業した後、銀行へ就職した。

配属された支店は東京都下の町。23区内の支店のような華やかさはなかったが上司も同僚も皆優しくてアットホームな雰囲気に包まれていた。

同じ支店の同期には良美(よしみ)がいた。良美は高校を出て就職したので麻子よりも2歳年下だ。


当時はバブル全盛期。世の中の人々はかなり浮かれていた時代だった。


職場では毎年社員旅行があり、クリスマス会や忘年会、そして新年会等何かと理由を見つけては親睦という名のもとに飲み会が開催されていた。今の時代では考えられない。

とにかく日本中どこへ行っても活気に満ちている…そんな時代だった。


そして麻子が働き始めてから一ヶ月後、都内のホテルで新入行員歓迎会が開かれた。

もちろん麻子は良美と一緒に参加した。

歓迎会には本部や各支店から新入行員達が集まっていた。こうして集まるのは入行式以来だ。


本店や都心部の支店の行員達は既にグループが出来ているようだ。

麻子達はすっかり出遅れていた。


「都下の支店はこういう時不利だよねー」

「そうだね、なんかちょっと場違いかも…」


そこで二人は人脈を広げる目的は早々に諦めて、美味しい物をいっぱい食べて帰る戦略へと変更する。

麻子と良美は早速美味しい料理を取って来て美味しそうに食べ始めた。


そんな二人の元へ男性二人が近付いて来た。


「初めまして! 君達はどこの支店?」


食事に夢中になっていた二人が顔を上げると、そこには中肉中背の男性と背の高い男性の二人が立っていた。

声をかけて来た男性はニコニコと愛想が良く、もう一人の背の高い男性は穏やかな笑みを浮かべている。


そこで良美がサッと名刺を取り出すと二人に渡した。

最初に声をかけて来た男性がその名刺を見て大声で言った。


「おおっ、東京の外れからではないかぁ! 遠くからはるばるようこそー」


そこでもう一人が男性の頭をペチッと叩いてから言う。


「俺達だって相当外れだろう? 失礼な事を言うなよ」


そして男性は麻子と良美に名刺を渡した。

その名刺に書かれてある支店名を見た二人は同時に声を上げる。


「「埼玉っ!」」


そこで男性二人が「バレたか」と声を出して笑った。


それが麻子と健介の初めての出会いだった。



背の高い男性は小澤健介(おざわけんすけ)、当時23歳。

健介は4年生大卒だったので麻子より2歳上だった。

そして健介と一緒にいたのは野中大樹(のなかだいき)、同じく23歳。

二人は四月の入行式で仲良くなったらしい。


そこで四人は意気投合してお喋りを始める。


麻子と良美が社内のテニス部に入ろうと思っていると話すと、ちょうど健介がテニス部に入ったばかりだと言った。健介は中学から大学までテニスをしていたらしい。

その流れで他の三人もテニス部に入る事になる。


毎週土曜日は会社が所有するグラウンドへ行きテニスの練習をした。先輩行員の指導を受けながらレッスンをこなす。

長い間テニスをやっていた健介は、その腕前を買われ指導側に回った。


帰りは四人で食事をして帰る事が多くなった。

食事をしながら同期にしかわからない鬱憤や悩みなどを打ち明ける。すると帰る頃にはいつもすっきりしていた。

そんな日々がしばらく続く。


夏のテニス合宿にも四人で参加した。

合宿先の高原までは、大樹の車を大樹と健介が交代で運転しながら目的地へ向かった。


高原は涼しくテニスをするには絶好の環境だった。

練習の合間にふと見上げた空には白い月がぽっかりと浮かんでいた。麻子は今でもその景色を覚えている。


夏が過ぎ、秋になっても四人は相変わらず一緒にいた。

その日も四人でお好み焼きを食べた後、駅へ向かって歩いていた。

前を良美と大樹が、そしてその後ろを麻子と健介が並んで歩いている。


その時健介がふいに麻子にだけ聞こえるように言った。


「今度二人で会わないか?」


麻子はドキッとする。


(え? それってもしかして……)


途端に麻子の心臓の音が大きくなる。

麻子は薄々健介の気持ちには気付いていた。


麻子を真っ直ぐに見つめる瞳、常に紳士的で優しい態度、麻子が話した事はどんな些細な事も覚えていて、研修や出張に行くと必ず土産を社内便で送ってくれた。

だから麻子はいつかこうなる事を予想していた。

予想していたのに、いざそうなると怖気づく自分がいる。


なぜなら麻子はこれまで男性とデートをした事がないからだ。

麻子は中・高・短大とずっと女子校だった。付き合う仲間は地味で控えめな友人が多かったので麻子はこれまでに男性と交際した経験がない。

だから健介から誘われた時嬉しい気持ち戸惑う気持ちが交錯していた。


そして四人での付き合いに満足していた麻子は、この関係を壊したくないという気持ちも強かった。


しかし隣で健介が返事を待っている。

そこで麻子は覚悟を決める。


「うん、いいよ」


麻子の返事を聞いた健介はホッとしている様子だ。


「じゃあ今度映画でも行こうか?」


健介の爽やかな笑顔に吸い込まれるように麻子はうんと頷いた。

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