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季節は何度も巡った。
雨の匂いが懐かしい記憶に変わるほどに。
学年が上がってクラスも離れたけれど、
朝の昇降口で手を繋ぐ習慣だけは変わらなかった。
「手、出せ」
晴弥は無愛想に言うけれど、
その声はどこか誇らしげだった。
指先を絡めるとき、
少しだけ強く握ってくるのも相変わらずだ。
「……力、強い」
朔が小声で文句を言うと、
「逃げんなよ」
と、晴弥は照れ隠しのように呟く。
雨の日には近づく理由があった。
晴れの日には、近づいてしまう理由があった。
互いの存在そのものが、
言い訳を必要としなくなった。
思い返せば——
最初は、雨粒に寄り添う影と影だった。
黒い傘がふたりを繋いでくれていた。
でも今は、空を見上げるたび思う。
「雨なんてなくてもいい」と。
放課後の歩道橋。
夕日が欄干に傾きながら落ちていく。
手の甲に橙色の光が乗り、
細い指先を優しく染めた。
晴弥が足を止める。
「なに?」
朔が尋ねると、
晴弥は無言でポケットから小さなものを取り出した。
銀色の、細い輪。
「……指輪?」
「ペアとかじゃ、まだ早いだろ」
淡々と言いながら、
照れ隠しの癖で視線を逸らしている。
「でも──」
晴弥は言葉を続けた。
「お前、すぐ不安になるから。
たまに思い出せ。俺が隣にいるって」
朔の胸に、雨よりも深く沁み込んでいく。
「晴弥らしいね」
笑って言うと、
晴弥は不服そうに眉を寄せた。
「文句あるなら返せ」
「文句?……あるわけない」
朔は小さく息を吸う。
心の奥で波立つ感情を言葉にする。
「ありがとう。
これからも、隣にいて」
「言われなくても」
晴弥は朔の手を掴み、
そのまま指輪をゆっくりとはめた。
太陽光が金属に跳ね返り、
指先の間で柔らかく輝く。
風が吹き抜け、
遠くでカラスが一声啼く。
夏と秋の境目の匂い。
晴弥が、何か覚悟を固めたように口を開いた。
「なぁ、朔」
「ん?」
「これからもさ、
晴れてる空の下を、
手を繋いで歩く理由でいたい」
その言葉は、
雨の日の全てを超えていく。
朔はゆっくり頷き、
絡めた指に力を返した。
「うん。
ずっとだよ」
夕陽の中、
二つの影は一つに重なりながら伸びていく。
かつて雨が作った距離を埋めた場所に、
今は光が溢れていた。
もう、傘はいらない。
必要なのは、この手だけ。
未来がどれほど遠くても、
この指先が覚えている限り——
二人はきっと迷わない。
空が晴れ渡る限り、
歩く先は同じだ。