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風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
#海辺の町
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午後のロビーで、宿泊客の女の子が大泣きしていた。抱いていたぬいぐるみの片耳がほつれ、綿が少し飛び出してしまったのだ。母親が慌ててあやしても、涙は止まらない。
そこへ、保安責任者の制服姿には似合わないほど軽やかに、ゲティがしゃがみ込んだ。
「これはたいへんだ。耳が冒険に出かけてる」
そう言うなり、ポケットから色とりどりの細い布紐を出し、あっという間に小さな結び飾りを作ってほつれた耳に巻きつける。ついでに余った紐で、不格好な花をひとつ。
「ほら、勲章付き」
女の子は涙のまま、ぽかんとそれを見た。次の瞬間、鼻をすすりながら笑う。
「へんな花」
「名作だぞ。世界で一個だ」
ロビーにいた大人たちまでつられて笑った。ディアビレは給仕台の陰からその様子を見て、胸の奥が少しあたたかくなる。
仕事がひと段落したあと、彼女はゲティに礼を言った。
「すごいですね。泣き顔を笑顔に変えるの」
ゲティは肩をすくめた。
「昔の芸だよ。旅芸人の頃は、涙を見せない道化師って呼ばれてた」
「かっこいい名前ですね」
「聞こえはな。実際は、泣く暇がなかっただけだ」
軽く笑ってみせたものの、その目の奥に一瞬だけ古い疲れが差した。ディアビレが何か言う前に、彼は話題を変えるようにテーブルの端を指で叩く。
「で、真夜中の封筒の件。ああいうのを渡しそうな人間に、一人だけ心当たりがある」
「えっ」
「まだ名前は出さない。確かめたいことがある」
そう言って立ち上がる背中は、いつもの飄々としたものに戻っていた。けれど最後に、振り向きもせず付け加える。
「道化師はな、泣かない代わりに、よく見てる」
その言葉が妙に耳に残った。ふざけた顔の裏に、見落としてはいけないものが隠れている気がした。