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夕方の相談室。ドアがきしむ音とともに、ひとりの生徒が入ってきた。
落ち着かない手元。握りしめたままのプリント。
日下部は顔を上げる。
「座れよ。……無理して話さなくていいけど」
その声に押されるように、相手は椅子へ腰を下ろした。
沈黙が少し続いて——小さな声が落ちる。
「……頑張らないと、置いていかれる気がするんです。
立ち止まった瞬間、みんなに“いらない”って思われそうで」
言いながら、視線はずっと机の木目を追い続けている。
日下部は腕を組み、短く息を吐いた。
「へえ、じゃあさ」
と、わざと感情を乗せずに問いかける。
「頑張ってるときの、お前の顔。
そんなに楽しそうだった?」
相談者は答えられない。
その沈黙が、何より雄弁だった。
日下部は、不器用な優しさを滲ませるように視線をそらし、
「置いていかれるのが怖いならさ。
まず……自分が自分を置いてくなよ」
ぽつりと落とした言葉は、慰めよりも現実に近い。
でも、嘘がなかった。
相談者の肩がわずかに揺れる。
泣く代わりに、固く拳を握った。
日下部は、それ以上何も言わなかった。
ただ、それを見逃さなかった。