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放課後。誰もいない旧校舎の一室。机は乱雑で、窓から差し込む光に埃が舞っている。

そこにいるのは、椅子にだらしなく腰かけた蓮司と、戸口に立つひとりの男子生徒。





「……お前、相談受けるって、ほんとなの?」


不安げな顔で立っているのは、同学年の男子。

クラスでも目立たず、話しかければうなずくだけのようなやつだった。

だけど今は――どこか、焦げたような匂いがしていた。


蓮司は一瞥し、答える。


「さあ。言いたいことあるなら座れ。なけりゃ帰れ」


その言い方があまりに冷たくて、けれど妙に安心したのか、男は小さく息を吐いて腰を下ろした。


「……俺、たぶん、やばいことした」


「ほう」


「中学のとき、ひとりのやつを……まあ、いじめてた。っていうか、見てた側、って言い方もできる。止めなかった。笑ってた。

なのに今、その子が、うちの高校に転校してきてさ。クラスも一緒で。昨日、俺に話しかけてきた」


「……へえ」


「普通だった。何もなかったみたいな顔で、何でもない話をしてきた。

それが……怖かった。俺、心臓がバクバクして、笑うこともできなかった。

どうしたらいいかわかんなくて、あいつがトイレ行ってる間に……机、蹴った」


蓮司の指が、机の角をトントンと叩いた。

その動きがやけに耳につく。


「それで?」


「それで……今日、朝来たら机の上に、メモがあった。

“あの頃の君の顔、まだ思い出せるよ”って、だけ。

それ見て、手が震えて、俺……俺、ほんと、どうしたら……」


「へえ。ちゃんと“刺される”のは怖いわけだ」


「え……?」


「お前、自分が何もしてこなかったと思いたいだけだろ。

でも本当は、そいつの中に、お前の顔が残る程度には“やってた”んだよ」


蓮司は身を乗り出すでもなく、ただ静かに言う。


「その机、蹴ったのって何で? “気づかれたくない”からか、“罪を思い出させるな”って怒りか、

それとも、“せめて殴りかかってこいよ”って叫びか――」


「ちがっ、俺は――」


「“違う”じゃねえよ」


その言葉には棘がなかった。

あるのはただ、乾いた現実だけ。


「お前、何もできなかったくせに、“許される立場”にもなりたがってんだろ。

――甘えてんだよ、“自分に”」


静寂。

窓の外で鳥が鳴いた。


男は何かを言いかけて、言葉をのんだ。

唇を噛み、うつむいたまま固まる。


蓮司は小さくため息をつく。


「なあ、お前」


「……なに」


「そいつがまだ笑ってくれんのは、“今だけ”だぞ。

二度目の機会、そうそう落ちてこねえから」


「……」


「罪を忘れろなんて言わねえ。

でも、逃げ続けるなら、黙って呑み込め。

後悔するってことは、“変われる”ってことだ。

――そこから目ぇ逸らすなら、そいつに刺されても文句言うな」


男は小さくうなずいた。


蓮司はそれ以上、何も言わなかった。


やがて男は椅子を引き、立ち上がる。

その足取りはまだぎこちなかったが――後ろ姿には、少しだけ「重さ」が戻っていた。


教室にまた、静けさが戻る。

蓮司はぼそりとつぶやいた。


「……誰に向けたセリフか、わかんなくなるな、こういうのは」



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