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旧校舎の二階。誰も使わない備品室のはずが、ドアの前には「相談室」と書かれた紙が、マスキングテープで適当に貼られている。
落書きかと思って素通りする者もいれば、噂を聞きつけてやって来る者もいる。
今日の来客は、やたら視線の泳ぐ男子だった。
「……あの、ここって、ほんとに“相談室”なんですか」
「さあ?」
蓮司は奥の机に足を投げ出し、カップ麺のフタを指でくるくると回している。
机の上には食いかけのスナックと、なぜか開いたままの解剖学の本。
「ま、誰かにしゃべりたいことがあるなら、勝手にしゃべってけば? 暇つぶしにはなるし」
「あ、いや……その……」
「ってか。そこでしどろもどろしてる時点で、何かあるんだろ。
人違いだったら黙って帰るだろ、普通は」
少年の顔にわずかに焦りが走った。
だが椅子には座った。深く。肩を丸めて。
「……最近、夢を見るんです。中学のとき、俺が無視してたやつの夢。
そいつ、笑ってるんですよ。教室の真ん中で、ずっと。俺の方見て」
「ホラーか。で、ビビって飛び起きるってオチ?」
「……正直、笑われてる気がして。
なんか……罰みたいで……」
「へえ」
蓮司は麺をすする。ズズッ、と音を立てながら。
「面白いね。無視してた程度で“罰”だと思うんだ。
じゃあ俺なんか、とっくに地獄でバラバラになってなきゃおかしい」
「そ、そういうんじゃなくて……俺は、ちゃんと罪悪感が――」
「へえ、“ちゃんと”ね」
唐突に、蓮司の目だけが笑っていなかった。
飄々とした顔のまま、しかし言葉が冷える。
「その“罪悪感”って、何のためにあるの。
許されたいから? それとも、“自分はマシ”って思いたいから?」
「……え?」
「人を無視して、何もしなかったくせに、今さら夢の中で追いかけられてます、って泣き言?
ずいぶんと都合のいい被害者ごっこじゃん」
少年は言葉をなくす。
まるで、胸ぐらを掴まれたような空気。だが蓮司の声はあくまで穏やかだった。
「俺さ、別に説教したくてやってんじゃないんだわ。
ただ、“逃げ道”だけ塞いでる。せっかく来たなら、ちゃんと向き合えよって」
「……向き合って、どうするんですか」
「さあ?」
即答。だがそのあとに、蓮司はほんの少し、声を落とした。
「謝るでも、叫ぶでも、泣くでもいい。
でも、“忘れたい”って逃げるなら、
そいつの笑顔が一生、夢に出るだろうな。――お前の中の“加害”が終わるまで」
沈黙。
少年の顔から血の気が引いていた。
けれど、その手はぎゅっと握られていた。
ほんの少し、何かを決めるように。
「……あの子、今もどっかで生きてるかな」
「さあね。知りたきゃ、自分で会いに行けば?」
「……ありがとう、ございます」
少年が立ち上がる。
ぎこちないお辞儀を残して、出ていった。
静かになった部屋。
カップ麺の湯気はもう止まっていた。
蓮司はひとりごちた。
「人間ってやっぱ、壊れかけてるときが一番、面白ぇな」
小さく笑って、またスナック菓子に手を伸ばす。
それが、いつもの蓮司だった。