テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#完結済み/分割投稿中
1,152
「ここらじゃ、見かけねぇ顔だなぁ」
「ふうーん、なかなかの、美人さんじゃあねぇか」
首に手拭いをかけ、黒足袋に傷んだわらじを履く、人足風の男二人が、櫻子の前に立っていた。
その片割れが、しゃがみこみ、櫻子へ顔を近づける。
「姉さん、暇なんだろ?俺達の相手をしてくれよ」
酒臭い息が、櫻子へ降りかかってきた。
「ひ、人を待ってるので……」
櫻子は、とっさに嘘をついた。なんとか、誤魔化して、ここを立ち去らねばと、わかっていても、体が固まって動かない。
「まあ、そう言わずに。待ち合わせとやらまでの間でいいんだよ」
男はへらへら笑い、相方をちらりと見る。
「そうそう、固いこと言わずにさぁ」
もう一人の男も、近寄ってきて、あっという間に、櫻子の手首を掴むと、そのまま、地面へ押し倒した。
男二人に押さえつけられてしまった櫻子は、気が動転した。
逃げなければ。だが、恐ろしさから、体が動かない。いや、それ以上に、男達の押さえ込む力が邪魔をする。
「どうせ、誰もきやしねぇ、ここで、やっちまおうぜ」
不穏な響きに、櫻子は、助けを呼ぼうと叫んだ。
しかし、それに答えるのは、男達の下衆な笑い声だけだった。
胸元の袷を広げられ、裾を巻き上げれ、櫻子の肌は露になりかける。
着物を剥がされないよう、櫻子は、助けを呼びながら、必死に抵抗するが、男二人の力からは、到底逃げられなかった。
「うわっ!」
一人が、叫んだ。
「何しやがる!このガキ!」
共にいたあの子供が、男に噛みついたようで、子供は、男に容赦なく殴り付けられた。
わあぁーーん、と、大きな泣き声が響く。
「や、やめて!!!」
だいじょうぶと、言って連れてきたのに、醜い目に合わせてしまった。なにより、助けることも、助けを呼ぶことも出来ない自分に、どうしようもない焦燥感を覚えながら、櫻子は、涙する。
もう、どうしようもない、もうだめだと、諦めのような、絶望の壁に突き当たったその時……。
パンと、何かが、破裂した。
瞬間、男達が怯む。
「俺の女に手を出すとは、いい度胸してんじゃねぇーかっ!!」
更に、パンと、破裂音が続く。
「ひゃあーーー!!」
「やべえーよ!」
櫻子を押さえつけていた男達は、慌てて立ち上がり、悲鳴をあげながら逃げ出した。
「大丈夫かっ!!」
手に銃《ピストル》を持つ、金原がいた。
さっと、腰へ銃を仕舞うと、跪き、櫻子を抱き起こす。
「な、なにも、されてないなっ!!」
ひきつった顔で、金原は櫻子へ声をかけると、そのまま抱き締めた。
「心配させるな。もう少し、遅かったら……」
言って、金原は、さらに櫻子を抱き締める。
「社長ーー!!」
そこへ、なぜか、虎が、人力車を引いて現れた。
「銃の音がしたから、絶対社長だと思って、俺っち見に来たら、なんすっか!!これ!!」
着物の裾が乱れた櫻子に、逃げ去る男達の姿から、おおよそを察した虎は、
「俺っち、あいつら、追っかけます。どこの野郎か突き止めるっす!!」
きっと顔を引き締め、大きく息を吸い込むと、だっと、人力を引いて駆け出した。
「……なんで、虎がいるんだ。まあ、これで、お前を襲った奴らの素性はわかる。安心しろ」
金原は、どこか、控えぎみに櫻子へ声をかける。
震えるばかりの櫻子への配慮というべきか、金原は、やられたことへの苛立ちを、必死でおさえているように見えた。
「……帰るぞ」
それだけ言うと、金原は、上着を脱いで櫻子へかけた。とても、見られる状態ではなかったからだ。
「歩けるか?」
金原は、背中を櫻子へ向ける。おぶされ、ということらしい。
恐怖から、声も出ない櫻子の様子に、金原の眉尻は下がっていた。今にも泣き出しそうな顔をしながら、一言、すまない。と、言うと、櫻子の横に腰を下ろす。
「寒くないか?」
その金原の言葉に、櫻子は、わっと大声を上げて泣き出した。
「構わんぞ、誰もいない……」
そして、金原は、再び、櫻子を抱き締めた。
「社長ーー!!」
息せき切って龍が現れた。
「戻りが遅せぇし、銃の音が響いてきたし、ガキの泣き声はするし、何があったんですって、あぁ?!」
心配して、探しに来た龍も、櫻子の様子から、起こったことを、理解する。
「……野良犬の野郎どもか……!!」
ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうなほど、龍は、顔を真っ赤にして、呟いた。
「ああ、この辺りも、物騒になったな」
「仕方ないです。今は、神宮外苑の施工中ですよ。人足の賃金高騰なんてことが起こって、人手不足。頭数揃えに、ろくでもない輩も、雇ってますからねぇ」
くうぅ、そいつらかと、龍は、悔しげに言っている。
──その頃、明治天皇とその妃であった昭憲皇太后の御霊をお祀りしたいと、国民一丸となり、原宿駅の南に神宮が創設されていた。
人足不足を補う為に、全国青年団による勤労奉仕の一団や、献木の搬入などで、周辺は人と物資の出入りが増加していたのだ。
「まあ、雇われの風体だったし、どこの者か、すぐにわかるだろう。後始末は、龍、頼んだぞ」
「へい、それは、もちろん。というより、どこの者かってのは?」
「なぜか、虎が現れてな、追いかけた」
「あー、虎が追いかけたなら、大丈夫だ」
「それは、そうだが、なぜ、虎が?」
問われて龍は、ニカリと笑う。
「櫻子ちゃんの手料理が、食いたいですからねー、虎に、言いつけて、醤油や、味噌や、なんやかや買いに行かせてたんですよ」
と、言いつつ、
「櫻子ちゃん、俺らに、旨い飯食わしてくれよ。だから、一緒に戻ろう。なっ?」
などと、櫻子の機嫌を取った。
櫻子は、素直に頷いた。その仕草に金原は、渋い顔をする。どうして、龍の言うことは素直に聞くのかと……。
「さあ、暗くなる前に、社長、戻りますよ!」
呑気な龍に続き、櫻子が、ポツリと言う。
「あの子、あの子は?私を、助けようとしてくれたんです……」
「おお!そりゃ、奥様の恩人だー!」
龍は言うと、金原をちらりと見た。
「とにかく!帰る!そいつもだっ!それで、いいんだろっ!!」
おぶされと、櫻子へ背を向けながら、金原は投げやりに叫んだ。