テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#完結済み/分割投稿中
1,152
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
屋敷の門前では、お浜が、落ち着きなく、うろうろしている。
戻って来た金原達の姿を見ると、わあわあ声をあげ、すりこぎを振り回した。
「キヨシが、なかなか動かないんで、冷や冷やしたよぉ!!おまけに、帰りは遅いし!!櫻子ちゃん、戻ってきたんだねって、何、そ、その姿わっ!!キヨシ!あんた、バツが悪いからって、体で誤魔化したのかいっ!!そ、それも、外ーー!!」
勢いよく、すりこぎを、金原へ向かって振り下ろそうとするお浜を、龍が止めた。
「お浜、違うって。櫻子ちゃん、襲われたんだ……」
「なんだって!それは……野良犬野郎にって、ことかい?!」
そうゆうことだと、言いながら、金原は、櫻子を背負ったまま屋敷へ上がることなく、中庭、居間に面したあの場所へ向かった。
「お浜、酒、縁側にもってこい」
なんのことやらと、お浜は、ぽかんとする。もっと、わからないのは、龍で、
「お浜、なんで、すりこぎ持ってんだよ」
「え?キヨシが、櫻子ちゃん連れて帰らなかったら、こいつでさぁ」
お浜は、櫻子を追わない金原に、苛ついていた。が、なんとか、重い腰を上げ迎えに行った。ほっとしたけれど、そんな様子で、櫻子を連れ戻せるのかと、お浜なりに、気をもんでいたようで、金原一人で帰って来たら、仕置きしてやると、すりこぎを手に待っていたのだと言う。
「まあ、いいけどよ。しかし、あちこちから、雑魚が集まって来てるからか、物騒になったもんだ。社長が、銃《ピストル》持ってなかったら、危なかったぜ」
龍は、おおよその出来事をお浜に語る。
お浜は、眉を吊り上げ、仰天した。
「そ、それ!櫻子ちゃん、大丈夫だったんだよね!!」
「ああ、多分な。虎が、追いかけたようだから、どいつの仕業かは、分かるだろうし、大丈夫だったかどうかもハッキリするだろう」
「だろうって!龍!櫻子ちゃんの操がっっ!おかしな奴らに、汚されてたら!!」
すりこぎを握りしめ、お浜は、ぶるぶる震えた。
「まあ、何もなかったんだろ。社長が、正気だから。とにかく、酒、用意しろよ。あと、これを、どうにかしてくれ」
「これ?」
龍の背中には、あの子供がおぶさっていた。
「ありゃ、キヨシったら、折れたんだ。ってことは、やっぱり、櫻子ちゃんは、大丈夫だったってこと?」
うん、だと思うと、龍は、頷き、子供を背中から下ろした。
「いやー、しっかし、これでもかというほど、汚いねぇ……」
おいで、と、子供に声をかけ、お浜は、酒の用意に向かおうとする。
「あー、あんた、名前は?」
「おお、そうだ、チビ助、名前聞いてなかったな」
お浜と龍の呼び掛けに、子供は、黙っている。
「口がきけないって、ことはないだろ?あんだけ、大泣きしてたんだから」
名前を言えと、せかすお浜に、子供は、じわりと涙を滲ませ、ぽつんと、言った。
「……わかん……ない。とうちゃんが……知ってる……」
たちまち、お浜と龍は黙りこみ、顔を見合わせた。
「……龍……この子、うちで面倒みなきゃ」
「ああ、お浜、そうだな。まったく、なんてこった!名前も無ぇなんて……」
龍は、日が沈み薄闇が広がり始めた空を見上げた。
子供の父親は、酒と賭博に溺れていた。賭場での負けが積み重なり、取立てを龍が頼まれていたのだが、どうせ、そんな男に払える訳がないと、人足にでもして、賃金を巻き上げようかと思っていた矢先、一足違いで逃げられた。子供がいるとは知らなかった。大きければ、父親の代わりに奉公という名目で売り飛ばし、埋め合わせができたのだが……。
しかし、今、見せつけられた現実には、龍も、怒りを抑えきれないでいる。
「龍、あんたの気持ちは、わかるよ。あんたも似たり寄ったりだったからね。でも今は、ここで、なんとかやってる。だから、この子を、一人で生きていけるようにしてやろう」
お浜は、それだけ言うと、子供の手を繋ぎ、酒の支度に奥へ向かった。
「けっ、何、カッコつけてんだ。お浜のやつ」
龍は、苦々しそうに、それいてどこか機嫌良く笑った。
金原と櫻子は、黙って縁側に座っている。櫻子は、乱れた胸元をどうにか直していた。
空では、一番星が輝いている。流れる風は、夜のそれに変わり、金原は、寒かろうと、櫻子に上着を羽織らせたままだった。
お浜が持って来た徳利とお猪口が盆に乗っていた。
静かに酒を注ぐと、金原は、お猪口に、口をつけた。
「……体が温まる。飲め」
金原は、酒を注ぐと櫻子へお猪口を差し出す。
受け取らない櫻子に、金原は、ぼそりと言う。
「あぁ、なんだ、その……これは……杯を重ねるって、言うだろう?あれだ!」
「……杯を?」
意味が掴めないと、ぼんやりしている櫻子へ、金原は、なお、お猪口を差し出した。
「だから、結納とか祝言とかで、やるだろうがっ!!」
無気になる金原の様子に、櫻子は、ハッとする。
「……あ、あの、それは、そのぉ……固めの盃とか、三三九度とか、そうゆうこと……でしょうか……」
金原は、お猪口を差し出したまま、俯いたが、頬が、ほんのり染まっている。
「冨田が出てこなかったら、ちゃんと迎えに行った。あのままだと、お前は、冨田の物になっていた。だから、仕方なく……」
冨田の手に渡らないよう、慌てて、取立てめいた迎えを龍にやらせたのだと、金原は白状した。
とはいえ、確かに借金はあった。そして、それを返そうとして、冨田に屋敷を売る手はずを立てていた。どちらが悪いという問題では無いのではないかと、櫻子は、ふと思う。
「……結納も、ちゃんとしたかった。だがな、あの義母には、虫酸が走る。それに、妹の番付だなんだと。そんな騒ぎの中で、ちゃんとも何もないだろう。だが、式は、行う。それだけは、行う……だから、今は……」
金原の碧い瞳が、櫻子をじっと見る。
幼い頃、良く遊んだ、おはじきを思わせる、ガラス玉のように澄んだ金原の瞳は、ただただ、櫻子を見ている。
櫻子は黙って、差し出されているお猪口を受け取ると、口をつけた。
「……これで、これで、俺の側にいてくれる、そうだろう?」
泣きそうな顔をして、金原は櫻子へ迫った。
どうして、金原が、こんなに感情を露にするのか、櫻子は、不思議に思うと同時に、櫻子の胸は、一気に熱くなった。慣れない酒をのんだからか。
「……殴ってすまなかった。でも、ああするしかなかった……」
言って金原は、櫻子をしっかり抱き締めた。
「どこにも行くな。ずっと、一緒だ。俺が守る」
駄々をこねる子供のように、金原はむきになる。何を言っているのかと呆れる言葉も、櫻子には、いとおしくすら感じられた。
もしや、酒のせいかもしれないと思いつつ、いや、この酒は、夫婦になる固めの盃なのだと、櫻子は自身へ言いきかせ、金原の胸へそっと頬を預けた。