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#勧善懲悪
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夕方、短い雨が通った。
舞台の木の匂いが濃くなり、雨上がり公園の土はやわらかく光っていた。子どもたちの声も、商店街のざわめきも、今は少し遠い。
サペは舞台の中央に立っていた。
胸ポケットの封筒は、何度も出し入れしたせいで角が少し丸くなっている。
下にはエリア、ンドレス、キオノフ、ズジ、マイナたちがいた。誰も急かさない。
その静けさだけで、ここが昔とは違う場所になったと分かった。
サペは封を開ける。
紙の擦れる音が、やけに大きい。
中には便せんが一枚。
文字は思った通り、少しへたで、ところどころ書き直しの跡があった。
サペは一度目を閉じ、それから読み上げる。
「エリアへ」
そこで小さな笑いが漏れた。
あまりにもまっすぐな書き出しだったからだ。
サペも少しだけ口元をゆるめる。
そして続けた。
「君の絵に、何度も助けられました。学校の壁も、公園の看板も、君が描くと、先があるように見えました」
エリアの睫毛が震える。
「言うのが遅くてすみません。たぶん、この先も遅いと思います。でも、あの日まで生き延びられたことに、君の絵は何回も関係していました」
サペの声は途中で少しかすれた。
「だから、一番に言いたかったのは礼です」
風が吹く。
濡れた葉が揺れ、舞台の端で雫が落ちた。
サペは便せんを持つ手に力を入れる。
「恋かどうかは、あの時は自分でもよく分かりませんでした。でも、分からなくても、助けられたことだけは本当でした」
そこで手紙の文は途切れていた。
書きかけの線が、最後だけわずかににじんでいる。
サペは顔を上げた。
「……続きは、今の俺が言う」
声がもう、紙の中の過去だけではなくなっていた。
「エリア。あの日、君に伝えたかったのは恋だけじゃない。生き延びられた礼だ」
エリアの目に、ためていたものが一気ににじむ。
「ずるい」
泣き笑いみたいな声で言う。
「何年越しにそんなの読むの」
「悪い」
「遅い」
「知ってる」
笑いが混じった。
その笑いのすぐそばで、ンドレスが顔を伏せる。
サペは手紙を下ろし、そちらを見る。
「あとで、おまえの分も聞く」
ンドレスは目をこすり、ぶっきらぼうに言った。
「今じゃなくていい」
「分かった」
今じゃなくていい。
その言葉は、失くした年月を一気に埋める魔法ではない。けれど、ようやく同じ場所へ立ち戻るための、最初のまともな一歩だった。
雨雲の切れ間から、細い夕陽が差す。
濡れた舞台が赤く光り、片目のからくり人形の空洞に、その色だけが一瞬宿った。
まだ全部は終わっていない。
黒い契約も、最後の舞台も、この先にある。
それでもサペは知った。
言えなかった言葉は、遅れても、人を前へ押すことがある。
雨上がりの公園で、ようやく過去が見世物ではなく、自分たちの声へ戻った。