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部屋の空気が、やけに静かだった。エアコンの低い音だけが、均等に空間を満たしている。
遥は壁にもたれて、腕を組んでいた。
日下部は、目の前でソファに座っている。手にした缶ジュースを飲みかけたまま。
沈黙は短くなかった。
でも、遥がその空白に耐えかねたように、ぽつりと口を開いた。
「なあ、もし……もし、俺が……お前に、全部ぶちまけたら、どうする?」
日下部は振り向く。
「全部って?」
遥は眉をひそめる。
それは苦笑のようでもあり、怯えたようでもあった。
「……たとえば。家で何されてたかとか、誰にどんなふうに触られてたかとか。……学校でどんなことされてたかとか」
日下部の手が止まる。
「言いたくないこと、無理に聞かねえよ」
「そういうんじゃなくて。言いたくないとか、じゃなくて。言っちまいそうで、怖い」
遥は自嘲気味に息を吐いた。
「全部話したら、なんか……自分の防波堤ごと崩れる気がして。
誰かに分かってもらうってことは、何かが壊れるってことだろ」
「でも……全部隠したままじゃ、どこにも繋がれない」
一瞬、日下部が何か言いかけるのを遮って、遥が続けた。
「“守ること”と、“繋がること”って……両立しないんだよな。
守ってるうちは、誰にも渡せないし。
誰かに触られた瞬間、その手で、壊されんのが怖い。けど――それでも触ってほしい」
遥の声がかすかに震えていた。
それは涙とは違う種類の脆さだった。
「……お前が優しいっての、知ってんだよ。でも、それがいちばんこえーの」
「優しくされると、俺、勘違いしそうになる。『大丈夫だった』みたいな顔して、自分の壊れてるとこ忘れたくなる。でも、それって……ほんとは、怖いんだ」
沈黙が戻る。
今度は、日下部が口を開く。
「忘れなくていい。壊れてるなら、それごと持ってこい」
遥は少しだけ、目を見開いた。
「守るの、やめなくていい。でも、俺には、見せてもいい」
「……なんで?」
「お前が、そのままでも繋がっていいって思ってほしいから」
遥の指先が、日下部の膝に触れた。
一瞬だけ。それだけ。
それでもその小さな接触に、遥の肩がかすかに震えた。
「……壊れたままでも、繋がっていいなんて、……嘘みたいだ」
それは希望ではなかった。
でも、“それでもいいかもしれない”という一瞬の微熱だけが、遥の中に残った。
※テーマ補足。
「繋がり」は遥にとって暴力や搾取と同義だった
=だから“優しい繋がり”は、自分の中の前提を壊してしまう。
「守る」は孤独と背中合わせで、でも安全
=でも“繋がりたい”衝動が、遥を試し行動に駆り立てる。
日下部の役割:壊さない。ただそこに在ること。