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無名の灯 恋愛編

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無名の灯 恋愛編

23 - 第23話 結び目に触れるな

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2025年07月24日

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部屋の空気が、やけに静かだった。エアコンの低い音だけが、均等に空間を満たしている。


遥は壁にもたれて、腕を組んでいた。

日下部は、目の前でソファに座っている。手にした缶ジュースを飲みかけたまま。


沈黙は短くなかった。

でも、遥がその空白に耐えかねたように、ぽつりと口を開いた。


「なあ、もし……もし、俺が……お前に、全部ぶちまけたら、どうする?」


日下部は振り向く。


「全部って?」


遥は眉をひそめる。

それは苦笑のようでもあり、怯えたようでもあった。


「……たとえば。家で何されてたかとか、誰にどんなふうに触られてたかとか。……学校でどんなことされてたかとか」


日下部の手が止まる。


「言いたくないこと、無理に聞かねえよ」


「そういうんじゃなくて。言いたくないとか、じゃなくて。言っちまいそうで、怖い」


遥は自嘲気味に息を吐いた。


「全部話したら、なんか……自分の防波堤ごと崩れる気がして。

誰かに分かってもらうってことは、何かが壊れるってことだろ」


「でも……全部隠したままじゃ、どこにも繋がれない」


一瞬、日下部が何か言いかけるのを遮って、遥が続けた。


「“守ること”と、“繋がること”って……両立しないんだよな。

守ってるうちは、誰にも渡せないし。

誰かに触られた瞬間、その手で、壊されんのが怖い。けど――それでも触ってほしい」


遥の声がかすかに震えていた。

それは涙とは違う種類の脆さだった。


「……お前が優しいっての、知ってんだよ。でも、それがいちばんこえーの」


「優しくされると、俺、勘違いしそうになる。『大丈夫だった』みたいな顔して、自分の壊れてるとこ忘れたくなる。でも、それって……ほんとは、怖いんだ」


沈黙が戻る。

今度は、日下部が口を開く。


「忘れなくていい。壊れてるなら、それごと持ってこい」


遥は少しだけ、目を見開いた。


「守るの、やめなくていい。でも、俺には、見せてもいい」


「……なんで?」


「お前が、そのままでも繋がっていいって思ってほしいから」


遥の指先が、日下部の膝に触れた。

一瞬だけ。それだけ。


それでもその小さな接触に、遥の肩がかすかに震えた。


「……壊れたままでも、繋がっていいなんて、……嘘みたいだ」


それは希望ではなかった。

でも、“それでもいいかもしれない”という一瞬の微熱だけが、遥の中に残った。





※テーマ補足。


「繋がり」は遥にとって暴力や搾取と同義だった

=だから“優しい繋がり”は、自分の中の前提を壊してしまう。


「守る」は孤独と背中合わせで、でも安全

=でも“繋がりたい”衝動が、遥を試し行動に駆り立てる。


日下部の役割:壊さない。ただそこに在ること。



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