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誰かが優しくしてくるたび、遥はその手のひらに「代償」を探した。それは条件反射だった。
無償の好意など、与えられた記憶がない。
「してあげた」には「やらせろ」がセットだったし、
「守ってやる」は「見返りが当然」という値札の裏返しだった。
日下部の手が自分の腕に触れる。
ただそれだけで、皮膚の奥がざわついた。
引きつるように熱を帯びる感覚。
怒鳴られることも、触られることもなかったのに――
体が、かつての“合図”を探し始める。
(……こいつも、いつか同じことを言うんじゃないか)
「大事にするよ」
「好きだから」
そんな言葉のあとに続くのは、「だから、いいよな?」という無言の要求だと、
ずっと思っていた。
日下部は、何も求めてこなかった。
触れるのも、話すのも、どこまでも不器用で慎重だった。
――だからこそ、遥は怖かった。
こいつが何も奪わないのなら、
自分が差し出すことでしか繋がれないと思い込んできた「愛」は、
全部間違ってたんじゃないか。
(じゃあ、今までのオレって、なんだったんだ?)
奪われることが愛だった。
傷つけられることが意味だった。
それしか知らずに育った自分を、
急に肯定できるほど、心は賢くなかった。
だから遥は、まだ戸惑っている。
日下部の差し出した“無償”が、
ただの嘘じゃないと、信じたいのに信じられない。
けれど、ただ一つだけ確かだった。
――痛くないって、こんなに静かなのか。
心の奥に、そんな呟きが、かすかに沈んでいった。