——どうやら私は、あの後気絶してしまったみたいだ。その間にどのくらいの時間が経ったのかはわからない。
どうも意識を失っていた間に何かあったみたいで、私が目を覚ますと、何故かすぐ傍にメンシス様が座っていた。私の手を握り、俯きながら何とも神妙な顔をしているが、私が意識を取り戻した事にはまだ気が付いていないみたいだ。
『くそ……』
この部屋には二人きりだから油断しているのか、公爵令息らしからぬ呟きが聞こえた。人間味を感じて少しだけ親近感が湧いたけど、クスッと笑って返す気力は無い。だけど幸いにして、簡単には気絶すらも難い程だった激痛が、今はほとんど落ち着いている。一瞬、治癒魔法の効果だろうかとも思ったが、あれは神官への高額な寄付金が必要なので、きっと鎮痛剤か何かのおかげだろうとすぐに察した。
(五大家は何処も祖先様のおかげで神殿との繋がりが深いけど、私の為に呼ぶとかはありえないもんね)
空いている方の手をゆっくり持ち上げ、そっと顔や髪に触れる。すると左半分にはしっかりと包帯が巻かれており、一部が焼け焦げていたであろう髪は短く切り揃えてあった。指先で撫でると、包帯越しでも何となく肌がボコボコとしている気がする。この分だと二目と見れない容姿になっているのは間違いなさそうだ。
本当に、誕生日祝いのケーキを食べたいからと強引に調理場へ侵入し、滑って転んだ挙句に負った火傷なら甘んじて受け入れるくらいの気概が自分にはある方だと思う。
だけど……これは、間違い無くティアンのせいで負ったものだ。
だが、普段は使っていない調理場での事故なのに、“崇高で高潔な聖女候補様”であると思われている彼女を誰も疑いはしないだろう。姉に頼まれて事前にオーブンに火を入れておいた者は、金と新しい職を与えられてとっくに消えていただろうし、私の言い分を聞いてくれる者など当時のシリウス家にはまだ一人も居なかった。
この先ずっと、それこそ死ぬ直前まで、真相を知らぬ者達から『その顔は自業自得だ』とか『卑しさの象徴ね』だなんだと言われるのかと思うと、どうしたって気が滅入る。
(いっその事、あのまま死んでしまえていたら楽だったのにな……)
碌でも無い人生を五年も生きてきたからか、この先も生きていく必要性すらも見出せないせいか、今にも泣き出しそうになったのに涙は一粒も出なかった。左目は重度の火傷と包帯のせいであるとしても、右目は無事だったみたいなのに、調理場の一件が原因で涙腺まで壊れたのだろうか。だとしたらそれはそれで厄介だ。今度は、何をしても泣きもしないと責められる。だけど、人前で息を吸っただけでも説教されそうなくらいに家内の皆から嫌われているのだから、今更かとも思えてきた。
『あぁ、目を覚ましたみたいですね』
先程までは心此処にあらずといった様子だったが、やっと私の様子に気が付いたメンシス様が声を掛けてきた。此処に居るべきではない人なのに、どうして私の部屋で、今尚二人きりなのか不思議でならない。彼が私の看病をすると家族へ言いでもしたらティアンが半狂乱いなって大反対するだろうに、騒がしい気配は何処にも無かった。
『……まさか、まだ痛むんですか?』
反応を返さない事を不安に思ったのか、前のめりになってメンシス様がこちらの様子を伺う。
『あ、いえ、今は。……鎮痛剤が効いているみたいです』
『鎮痛剤?——あぁ、いや、それは治癒魔法の効果ですよ。きちんと効いていたみたいでよかったです』
『……そ、そんな高い魔法を、あの人達が……私に?』
どうしたって驚きを隠せない。もしかすると、仮にも婚約者の怪我だからとタウルス家が派遣してくれたのだろうか?
『いいえ。私が、ちりょ——……いや、えっと、施せる者を呼びました』
歯切れの悪い言い方をしてメンシス様が気不味そうな笑みを浮かべた。いつもみたいに、義妹になる子の為だからと言うには、流石に今回は負担が大きかったのだろうか。
『そうだったんですか。……ありがとうございます。時間はかかるけど、必ずお返ししますね』
『いりませんよ』と言って、メンシス様が首を横に振る。
お小遣いなど当然与えられてはおらず、支払う為のお金を稼ぐ手段すら無い私には正直ありがたい申し出だけど、こっちだって受け入れる気はさらさら無い。
(貴方に優しくされると、また姉の怒りを買ってしまうから……もう、やめて欲しい)
正直にそう言ってしまいたかったけど、その為に一度は口を開きはしたが……声が出なかった。私を見詰めて心配そうに揺れる瞳が、今は堪らなく嬉しい。そのせいでまた泣きそうになったけど、やっぱり涙は出てはくれなかった。
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