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落ち着いて。焦ったら相手の思うつぼ。
いつ、どこで見られたのか、探りを入れなきゃ。
新宿に着いてからは、かなり警戒していたもの。天魔の脚本家バーに行く時は、知り合いの顔などはなかったように思う。だったら駅付近かな。さすがに雑多な中だと知り合いに目撃されてもおかしくない。変装する方が怪しいと思って、言い訳が立つようにスーツで行ったけど……。
「どうしてそんなこと聞くの? 涼二が私を見たの? 涼二こそ仕事じゃなかったの?」
逆に質問返しをした。しかし彼は首を振った。「見たのは僕じゃない。沙耶が昼間に新宿駅にいたって、母さんから聞いたんだ」
お義母さんかぁ……。面倒な人に見られたものだ。警戒していたけれど、やっぱりあの人の多さじゃ限界はあるな。
もう二度と脚本家バーには行かないようにしよう。どこで誰に見られているかわからない。エンビルならまだ言い訳がきくけれど、さすがにあそこ(脚本家バー)で目撃されたらまずい。
「沙耶がなにしてたのかって、母さんに問い詰められちゃってさ。今日、仕事じゃなかったの?」
涼二の目は笑っていない。浮気をしている自分を棚に上げ、妻のわずかな不審な動きには敏感に反応しているようだ。
「沙耶、今日仕事へ行ったはずなのに、昼に新宿にいたならおかしいじゃないかって思ってさ。なあ、沙耶。隠しごとなんかしてないよな?」
私は軽く頭を下げた。「……ごめん」
「ごめんってどういう意味?」
「今日、仕事には行ってないの」
明らかに弱みを握ったという顔で私を見下ろしてくる涼二。これを盾に渡しを脅す気なんだわ。そうはいかせない。
「だったらなにをしていたんだ? まさか……浮気?」
なんでそんなに嬉しそうに、ニヤニヤしながら聞いてくるのよこのクズ夫!
「そんなわけないでしょ。今から説明するわ」
私は自分のスマートフォンで義母に連絡を取った。「もしもし、お義母さんですか? 沙耶です」
『まあ、沙耶さん。どうしたの?』
「涼二さんから聞きました。今日、私を新宿駅で見かけた、と」
『そうよ。あなたあんな時間になにをしていたの!? もし浮気だったら許さないわよ!!」
あんたの息子ですよ、浮気してるのって、今すぐぶちまけてやりたいわぁっ!!
だめだめ。怒りを堪えて私はぐっとお腹に力を入れた。
「今日は有休を取って、評判のいいレディースクリニックへ相談に行っていたんです」
『レディースクリニック……』
「ご心配をおかけして申しわけございません。私も早く涼二さんとの子供が欲しくて、頑張っているところなんです。早くお義母さんに、孫を抱かせたくて!」
『そうだったの……私はてっきり沙耶さんが……あ、違うの。疑ってごめんなさい』
てっきり沙耶さんがって、失礼にもほどがあるわ!!
普通、本人に言う!?
信じられないっ!!
『でも、だったらそうと早く言ってくれればいいのに。水臭いわねぇ』
電話の向こうで、義母の声が一転して弾んだ。疑いが晴れた安堵よりも、孫という自分にとって都合のいい果実が手に入るかもしれないという強欲な喜びが透けて見える。
私は電話をスピーカーにしたまま、涼二を真っ直ぐに見つめた。
「ごめんなさい、お義母さん。涼二さんにも内緒で行っていたんです。もし結果が悪かったら、彼を傷つけてしまうと思って……」
『まあ、なんて健気なの! 涼二、聞いた? 沙耶さんはあなたのことを思って、一人で新宿の有名な病院まで通ってくれていたのよ。あなたももっとシャキッとしなさい!』
急に矛先を向けられた涼二は、バツが悪そうに視線を泳がせた。さっきまで「浮気じゃないのか」とニヤついていた下劣な表情はどこへやら、今では良き夫として振る舞わなければならないプレッシャーに冷や汗をかいている。どう頑張っても、義母に孫を抱かせることは不可能なくせにね。
「そうだったのか。ごめん、沙耶。そんなこととも知らずに、疑うようなことを言っちゃって……」
「いいのよ、涼二。あなたが脚本の仕事で大きなチャンスを掴もうとしている時に、余計な心配をかけたくなかっただけだから」
私は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、義母との間の誤解を解いて電話を切った。沈黙が流れる食卓。涼二は気まずさを誤魔化すように、冷めかけたみぞれ煮を口に放り込んだ。
「……にしても、レディースクリニックか。そんなに急がなくてもいいのに」
「だって、私たちもう若くないし。ねえ、涼二。もし赤ちゃんができたら、もっと広い家に引っ越さないといけないわね。あなたの書斎も作ってあげたいし……」
私が未来の家族という重石を言葉に乗せて投げかけると、涼二の顔が目に見えて引き攣った。別れた理咲とは自由な恋愛を楽しんでいたつもりだろう。その彼にとって、子供や責任という現実的なワードは、喉に刺さった魚の骨のように不快なはずだ。
おいしいと褒めた手前、分が悪くなったから残すこともできず、涼二は慌ててご飯を意に流し込み、逃げるように風呂場へ消えていった。
洗い物をしていると、天魔からメッセージが入ってきた。
あっ。理咲との食事、うまくいったのかな?
コメント
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第30話、読み終えました!沙耶さん、涼二からの問い詰めに対して即座に「子供が欲しくて通院してた」って返すの、本当に鮮やかでしたね。義母の孫への執着を逆手に取るというか、あの場を切り抜ける機転が「サレ妻」の戦略っぽくて痺れました。でも最後の天魔からのメッセージが気になる…次の展開が待ち遠しいです!