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❖灯虚町(とうきょちょう)
「……照らされてるのに、誰もいない。
誰のための光?」
通り全体が、やけに明るかった。
街灯、家の窓、看板のネオン。
どこもかしこもまぶしいほどの光を放っているのに、
そこにいるべき人間の姿が一切見えなかった。
駅名は灯虚町(とうきょちょう)。
改札を抜けた先、目に飛び込んできたのは、すべての窓が点灯したままの無人の街並みだった。
しかも、その灯りはどれも“人のいない場所”ばかりを照らしている。
空き家のキッチン、閉店した店のカウンター、誰も通らない横断歩道。
まるで、“何もない”ということを見せつけるかのようだった。
その道を歩くのは、斉藤 瑠璃子(さいとう・るりこ)、31歳。
ネイビーのトレンチコートに黒いストール、
内側に着込んだグレーのニットが少しほつれていた。
小ぶりなショルダーバッグを抱え、革のローファーでカツカツと歩くたびに、
街灯の明かりが追うように彼女の影だけを伸ばしていた。
「なんなの、この……夜のくせに、昼みたいな光は」
視界には、何度も同じ光景が繰り返された。
同じコンビニ、同じ花屋、同じベンチ。
時計は22:59を指したまま、まったく動かない。
彼女はやがて、町の中心にある小さな公園にたどり着く。
ブランコも滑り台も、全てが照明で照らされているのに、
そこに遊ぶ子どもの姿はない。
ただ、ベンチのひとつに、小さな箱が置かれていた。
蓋を開けると、中には**「光を贈る人へ」というメモと懐中電灯**が入っていた。
「……誰かに、渡せってこと?」
懐中電灯のスイッチを入れた瞬間、
視界の奥、民家の窓に“誰かのシルエット”が浮かんだ。
瑠璃子は思わず、そちらに向かって歩き出す。
家の前に立つと、ドアが開いていた。
中は無人。
だが、リビングの一角に、写真立てが並んでいた。
その中に、自分が小学3年生の頃の家族写真が混ざっている。
「……なんで、ここに……?」
すると背後から、子どもの声がした。
> 「おかあさん、電気つけといたよ」
振り返ると、そこには10歳くらいの少女の姿があった。
白いワンピース、肩までの黒髪。
顔立ちはどこか、昔の自分自身に似ていた。
「“ありがとう”って言ってくれるまで、
電気、消せないんだって。ずっと待ってたの」
瑠璃子の手から、懐中電灯が滑り落ちた。
少女の姿は、光に照らされた瞬間、
空気に溶けるように消えた。
彼女は何も言えないまま、夜の道を歩いた。
帰り道、あの街灯の多くはすでに消えていた。
照らされていたはずの道は、どんどん暗くなっていく。
南新宿駅に戻ったとき、彼女のポケットには小さな豆電球がひとつだけ残されていた。
点滅もせず、音も立てず。
それでも、その光は、やけにあたたかく感じた。