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遥は、日下部の力ない表情の理由を、自分なりに考えていた。きっと、自分と関わってしまったからだ。そうでなければ、あんな目をするはずがない。守ろうとするほど壊してしまう、それがいつもの結末だった。だから今回も、同じだと――そう思い込むことで、説明をつけていた。
けれど、蓮司はその解釈を一瞬で突き崩す。
「お前さ」
放課後の教室、人気のなくなった窓際で、蓮司は薄い笑みを浮かべた。
「日下部が潰れそうになってるの、なんでだと思う?」
遥は黙っていた。だが、答えは心の中に用意してある。自分がまた余計なことをして、日下部を巻き込んだから――それしかない。
「俺のせいだろ」
かすれた声で口にした瞬間、胸に冷たい痛みが広がった。
しかし蓮司は、鼻で笑う。
「そうやってすぐ“全部自分のせい”にしてりゃ、楽だろうな」
遥は顔を上げた。楽? これが楽だと? 過去の記憶が次々と蘇る。孤立した同級生に消しゴムを貸しただけで、翌日そいつの机がひっくり返され、黒板には自分の名前が嘲るように落書きされていたこと。中学のとき、掃除当番を押しつけられた女子に代わってやったら、「遥にやらせた」と陰口を叩かれ、彼女が余計に標的になったこと。
それらはすべて「自分のせいだ」と胸に刻んできたのに。
「俺は……わかってる」
声が震える。
「俺が動けば、誰かを傷つけるんだ。守ろうとしても、裏切りになる。だから――」
「違うんだよ」
蓮司の言葉が鋭く遮る。
「お前は何が相手を傷つけるかを、本当の意味で知らねぇんだ」
遥は息を呑んだ。
「小学校の時の失敗も、中学の時の失敗も、確かにお前の“動き方”が間違ってたんだろう。でもな、日下部の件はもっと根っこが違う。普通の奴なら絶対に口にしないことを、お前はあっさり暴いた。なんでか、わかるか?」
蓮司は一歩踏み出し、遥の目を覗き込んだ。
「人と関わったことがねぇからだよ。何が人を抉るかも知らねぇまま、無邪気に踏み込んだ。だから日下部は折れかけてる。お前が考えてる『また俺が壊した』って筋書きとは、まるで違うところでな」
遥は唇を噛んだ。血の味が広がる。
――違う? 俺のせいじゃない? いや、違う。やっぱり俺のせいだ。
けれど、今まで自分が組み立ててきた「罪の形」とは別の地獄が口を開いている気がして、足元が崩れていく。
「……じゃあ、俺は何を間違えた」
かろうじて声にした。訴えるように、縋るように。
蓮司は笑った。その笑みは楽しげで、冷酷で、逃げ場をなくすものだった。
「何もわかってねぇのに、“わかってるつもり”でいることだ。お前が本当に人を壊すのは、その思い込みだよ」
遥の胸に、鈍く重い衝撃が落ちた。
また間違えた。今度は、何をどうすればよかったのかさえ見えない。
その夜、彼は布団に潜り込みながら、繰り返し思った。
――俺はやっぱり、人を守れない。守ろうとした瞬間から、もう裏切りが始まっているんだ。