カイルはあれから私に色々な事を教えてくれた。もちろん、私を後ろから抱きしめたまま。逃げよう逃げようとたまにもがいたが無駄だった。体力だけが消えただけだった。
『召喚』に関するエピソードを筆頭に、話はどれも現実感が全く無い。私の居た世界とは随分違う。様々なジャンルで溢れた物語の世界にならば酷似していたせいで、現実味など感じられる訳がなかった。
私が召喚された此処は、『神々が作った箱庭の様な世界』だそうだ。
騎士や傭兵達が剣を持って戦い、魔法が当たり前に存在し、魔物との小競り合いが多くあるらしい。
『輪廻の輪』と呼ばれるこの世の理と、それに囚われていない『神子』達の存在。 王族達が各地を治め、それぞれの土地にある神殿では『神子』達が祀られ、暮らしている。
『神子』は親となった神々の特徴を一部を引き継ぎ、耳や角、尻尾といったものがある為、簡単に見分ける事が出来るそうだ。カイルはその『神子』という者達の一人らしい。
人間同士の争いは無く、創世記の物語にまで遡っても国同士の戦争は起きてない。人々は皆優しく勤勉で、大きな犯罪を犯すことも無い。
不自然過ぎるくらい、此処は平穏で平坦な世界の様だ。
まるで運営に見捨てられて、もうイベントの起きなくなったオンラインゲームみたいな印象だった。 そんな世界の中で、私なんかでは想像も出来ないくらい長い時を生きてきたせいで心が壊れ始めたカイルは、召喚魔法を使って私をこの世界へ呼んだらしい。
「——信じられない…… 」
正直な感想だった。現実で起きてたまるかこんな事!
夢オチ路線を捨てきれてはいないが、あれだけ私を撫で回す感触を味わっても、こっそり体を抓っても目が覚めなかった事から、それは完全に捨てないと駄目そうだ。
「番組の企画…… じゃ無いんですか?これ。カメラを持った人が奥に隠れてるとか、天井に仕込んであるとか」
「『ばんぐみのきかく』?なんだいそれ。…… ごめん、意味がわからないや。でも、亀を連れた人ならこの部屋には隠れていないよ。ここで亀は飼っていないからね」
亀ちゃう、カメラや。ベタな聞き間違いすんなとツッコミたいが、真面目に間違っていそうなので説明も億劫だし流した。そもそも彼は『カメラ』を知らないんだろうし。
「えっと、じゃあ、私は、帰れるんですか?元の世界に。私学校に行かないと、バイトのシフトとかも入ってるし…… 家の事とか、色々あるし」
絶対に帰りたい程の執着は無くとも、生まれ育った場所だ。『コレ一番大事な事!』とは思うが、正直彼の答えを聞くのが怖かった。——本で読んだ物語はほぼ全て、元の世界には帰れていないからだ。
「それは無理だね。帰さない」
そう、キッパリ言われた。そしてカイルが私を抱きしめる腕に力を込める。
「此処が、本来ならイレイラの居場所だからね。この世界で死んだんだから、此処にまた生まれて来ると思っていたのに、何処にも居ないって知った時は本当に焦ったよ。何かの干渉でもあったのかな…… 」
ブツブツと呟き、カイルは思案し始めた。 考え事をすると撫でる癖でもあるのか、再びカイルが私を撫で回す。もうこれは彼の仕様なのだと諦めるしかないんだろうか?
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