コンコンッとドアをノックする音が聞こえた。カイルが入室を許可すると、部屋の中に神官服を着た四十代くらいの男性が入って来る。
「カイル様、おくつろぎのところ申し訳ありません。予定外の来客がありましたので御準備願いします」
「やだよ、イレイラと居るってのに」
首をブンブン横に振って答える姿は完全に我儘を言う子供だ。
「…… 国王陛下ご夫妻が、『イレイラ様の御帰還を祝いたい』と仰ってますのでそれは無理な話です。諦めて御準備下さい」
「うわぁ…… それは断り難いね。何もこんなにすぐ、わざわざ来なくてもいいのに。向こうだって忙しいんじゃないのか?——うん、でもわかった。準備する」
カイルは息を吐き、面倒くさそうな顔をしたまま私の肩に顎を置く。その姿勢のまま、予想通り私の頭を撫でてきた。
「ゴメンね、ちょっと行って来る。イレイラはまだ疲れているだろうから、此処に居てね。僕の部屋と君の部屋だけなら、好きに見ていてくれて構わないよ。でも、危ないからベランダには出ないでね?」
「外は、そんなに危険なんですか?」
だとしたら怖い。魔物とやらが、まさかこんな人の住んでいる地域にまで出没するんだろうか?
「落っこちるかもしれないから」
子供じゃないわ!と叫びそうになるが、呑み込んだ。素知らぬ世界では頼れる相手が他に居ない状況である以上、機嫌を損ねる行為は避けておきたい。
「そうだ、これだけは今渡しておこうかな」
カイルがサイドテーブルに手を伸ばし、薔薇の入る花瓶の裏から何かを取り出す。それが何なのか不思議に思いながら見ていると、黒いレース柄のリボンに小さな紅い宝石が中央に一つある、チョーカーみたいな物が手の中にあった。
「わぁ、可愛いチョーカーですね」
「ん?これは首輪だよ?」
「く、首輪?」
いったいそんなもん出してきてどうする気だ。
(まさか…… 『首輪』を私につけさせる気?)
カイルは私を『猫』の生まれ変わりだと主張しているのだから、有り得る話だ。
「女の子に首輪なんかさせる気はまだ無いよ、大丈夫。これは指にでも着けてもらおうかなと思って」
さらりと彼はそう言ったが、『まだ』だなんて物騒な言葉が混じっていた気がする。
「やだな、私の指にこれは無理ですよ。巨人じゃ無いんだから」
まさか指にグルグル巻きにでもする気なんだろうか?そんな事をされると邪魔でしょうがないのだが。
「こうするから大丈夫だよ」
カイルは私の左手を手に取り、薬指にそれを引っ掛けた。ダランと下がる、指に対して大き過ぎる首輪をカイルが軽く指先で叩くと、指先から鈍い光を放ち、シュルッと私の指にピッタリのサイズにまで姿を変えた。
「——す、凄い!」
初めて見た魔法とやらに驚いた。
(何これ!何で?仕掛けどうなってるの?トリックは何?——あ、違うっ魔法だった!)
驚き過ぎて思考が変になる。それが顔に出ていたのか、カイルが嬉しそうに微笑んだ。
「わぁぁ…… 」
感嘆の声が出る。左手を前に出し、指輪っぽく姿を変えた元首輪をジッと見つめた。綺麗だし可愛いし最高だ。 指輪のはまる位置が、左手の薬指だという現実以外は。
「前に贈った品なんだけど、思い出せない?」
正直それを見ていてもサッパリ思い出せない。さっきから全て完全に他人事で、私は横に首を振る事しか出来なかった。
「残念だけど、仕方ないか…… 」
ガッカリした顔でカイルがため息をつくと、神官服の男性が困った顔で話しかけてきた。
「あの、カイル様。流石にそろそろ御準備して頂かないと」
「そうだった、忘れてた。ってか、忘れたまま流したかったなぁ…… 」
「無理ですよ。さぁ御準備下さい」
「わかったよ」
渋々といった顔でカイルは私を離すと、ポンポンと軽く私の頭を叩く。
「いい子でいるんだよ」
こちらに向ける笑顔が完全に『ペットのご主人様』だ。私の事を前世は『猫だ』と言い張るだけある。
知らぬ場所だ、頼る相手も居ない世界では無闇に歯向かう気がないから素直に首肯すると、「——離したくない!」なんて叫びながら、いきなりギューッと抱きついてきた。
「お待たせしておりますので!行きますよ!」
神官の男性はカイルの首根っこを掴んで引っ張り、私から引き離す。どうやら随分と気安い関係の様だ。今みたいに、カイルが我儘を言っている時限定の対応かもしれないが。
「わかった!わかったから、引っ張るなっ」
仲の良さそうな二人のやり取りは見ているだけで和む。 クスクス笑いながらその様子を見ていると、二人共私へ笑顔を向けてくれた。
そのままズルズルとカイルはベッドから引きずり落とされ、床をもそのままの姿で移動させられていく。——大の大人が引きずられる姿は本当に滑稽だ。
「そういえば、その指輪になったやつ。もう死ぬまで外せないし、イレイラが何処に居てもわかるから安心していてね」
まさかのGPS機能付き⁉︎
取れない指輪って、もう呪いのアイテムじゃん!
カイルは最後に爆弾発言を落とし、部屋から強制的に退室して行った。
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