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追いかけて来た成田屋の店員へ、チクチクと嫌みを言い、振り切った勝代は、珠子と銀座へ足を向けていた。
金原に調子が狂わされた親子は、何か洒落た小物でも買って、洋食を食べて帰るか、などと言葉を交わしながら、雑踏の中を進んでいたのだが……。
「珠子、人力を拾ってあげるから、店へお行きなさい。さっきの事を、お父様に報告するの」
急に立ち止まった母を、珠子は不思議に思う。
「……お母様は……?」
「ああ、お店のお得意様をお見かけしたから、ご挨拶に」
どこか、辻褄の合わない事を言う勝代は、妖艶な笑みを浮かべている。
見たことのない、母の様子に珠子は、緊張した。誰と会うのか、と、いつもなら詰め寄る珠子だったが、聞いてはならないと、心のどこかから警告が発せられていた。
「……はい、わかりました」
堅苦しく答える娘を気に止めることなく、勝代は先へ進んだ。それは、珠子の人力車を拾う為なのか、ご挨拶とやらに向かっているのか、珠子は、いぶかしむ。
母、勝代がしっかりと見据える先には、帳簿つけの先生と紹介された、山之内の姿があったからだ。
何故、お得意様と言ったのだろう。珠子は、ますます、母の行動に不審を持つが、浮き足だっている勝代の後ろ姿を見て、珠子は、どうしても、問いただすことができなかった。
「ハリソンさーん!どこへ行くんっすかっー!」
ハリソンを乗せた人力車を虎は、あてもなく、引いている。
「だってね、あのまま、成田屋にいたら、私、袋叩きにあっちゃうよ?」
勝代達が、店を去り、櫻子が、というべきか、金原商店が、というべきか、成田屋の面倒を見る、見ないと、蜂の巣をつついたかのごとく、意見が飛び交い収集が付かなくなっていた。
そして、言い出しっぺである、ハリソンは、自分にふりかかるであろう非難から、さっさと逃げ出していたのだ。
その為これという行き先がない。虎は、仕方なく、築地、銀座と、連なる街を走っていたのだった。
「まっ、もめ尽くすまでの辛抱よ」
などと、騒ぎの発端であるハリソンは、呑気に構えていた。
「そんなもんでしょうかねぇー」
「そんなもんよー、虎ちゃん!って言うか、あれ、あの人力を見たまえ!」
「はあ?なんすっか?人力は、人力っしょー!」
「そうじゃなくて、乗ってるレディを見てごらん!」
ハリソンの言うことが、わからない虎は、言われるまま、少し先を行く人力車を見た。
「あーー!妹の方だっ!!」
「しっ!声が大きい!相手方に聞こえるじゃないかっ!」
「すみません、ハリソンさん。でも、なんで、一人?」
「でしょ?虎ちゃん、追いかけなさい!」
「じゃーハリソンさん、社長や、奥様の足はどうなるんすっか?!」
「虎ちゃん!この人力車、今より、ハリソンの貸し切りにする!ならば、あの人力車を追いかけられる!」
いや、ですからね、そのぉー、と、虎は、ハリソンの無茶苦茶な言い分に渋りながら、走ってるものは、しょーがねぇーやと、珠子一人が乗った人力車の後を追った。
人力車は、銀座の街を抜ける。
「あっ!日本橋かっ!柳原の店だ!」
虎が、行き先を読んだ。
「ならば、中道を通り抜けて、先回りなさい!」
「で、ハリソンさん、行き先が、もし、違ったら、どうするんすかーここは、ついて行くのがいいっすよー!」
「そうすっかー」
「へい!そうっす!」
虎は、少し速度を落として珠子の乗る人力車と距離を開けた。
「走り比べなんぞと、勘違いされちゃー、面倒なことになるっす!」
時々、車夫の意地と、どちらが早いか走り比べが始まる事があるのだという。相手に、悟られ無いように、こっそりつけて行くのが良いのだと、虎は言い張り、かなりの距離を取った。
「俺っち目は、良いんで、前の車は、ちゃんとみえてますから」
「そおっすかー、へいへい、虎ちゃんのいいようにおやんなさい」
ハリソンは、乗り疲れたと、座席の背もたれにもたれ掛かり、ふんぞり返っている。
そうこうするうちに、虎の読み通り、日本橋の織物問屋街が見えてきた。
珠子は、やはり、柳原の店へ向かっていたようだ。
徐々に、前の人力車も速度を落とす。
目的地が近いらしい。
そして、間口の広い、立派な造りの店の前で止まった。看板には柳原商店と書かれてある。
「ハリソンさん、どうしますか?このまま通りすぎるか、引き返すか……」
「そうねぇ、あの車が、気になるねぇ。どこか、隅に寄せておくれよ」
「車?人力車じゃなかったんすか?」
「よく見てごらん」
ハリソンに言われて、虎は眼を凝らす。
店の少し前、往来の邪魔にならないように、車が一台停まっている。フォード社の最新型の物に見えた。
「ありゃ、個人所有の車だね。ということは、それなりに身分のある客が、来ているということ……」
すると──。
車から、洋装姿の男が出て来た。人力車を降りた珠子へ、男は近寄ると、声をかけている。
「ありゃ、なんです?なんで、立派な風体の中年男が、レディへ近寄っているのです?」
ハリソンは、身軽に人力車から飛び降りると、悠々と、通行人のふりをして、珠子達へ近寄って行った。
そして、軽く振り向き、虎へ、先へ行けと言いたいのだろう、顎をしゃくって合図した。
「へいへい、通りすがりのふりをして、二人の会話を盗み聞きくってことっすねー。つーか、ハリソンさんって、何者っすよー!段取りよすぎじゃねぇーすか?!」
驚きつつ、空の人力車を引く虎も、何気ない顔で、ハリソンを追い抜いた。
店の中から、圭助や、その他、数人の人が出てきて、男に向かって、何か言っている。
「高井子爵様!」
と、聞こえたような気がした。
すかさず、人力車さーんと、ハリソンが、虎を引き留め、再び乗り込んできた。
「なるほど。よくわからないけど、あの男は、子爵様か。虎ちゃん、キヨシの所へ、やってくれ」
ちらちら、珠子達の様子を眺めつつ、ハリソンは、ふーんと呟いた。