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成田屋では──。
山吹色の地に、色とりどりの小花が所狭しと描かれてあるレーヨン生地に見入る櫻子がいる。
喧々囂々、成田屋の店員と金原が対立している脇で、生地を包んでいる油紙が破れているのを櫻子が気づいたところ、破れ目から、ちらりと見えた花柄模様の生地に引き付けられていたのだ。
「さあさあ、奥様、こちらも……」
店員の勧めで、櫻子は、テーブルに生地を広げ、西洋風の花柄模様を堪能していた。
どうやら、仕入れた生地は、全て同じ柄ではないようで、店員は、荷をほどくごとで、櫻子へ、次々と生地を見せ始める。
「まあ、この青い薔薇の柄物も、素敵ですね」
「そうでしょう?日本の意匠も、近頃は、ハイカラで、モダンになりましたが、やはり、西洋の物にはかないません」
店員は、ここで櫻子の機嫌を取れば、金原を説得出来ると、店の再建をかけ、作り笑顔を絶やさない。
と、派手にドアベルが鳴り、ハリソンが、叫びながら駆け込んで来た。
「いやしかーし!それ、下級品だし、流行遅れだし、売り物にならいし、安く仕入れられたのよ!?」
皆、何事かとそちらを見る。
「キヨシ!子爵に何かあるっ!」
ハリソンは、興奮し、鼻息荒く、金原に迫った。
「……子爵とは?そして、下級品とは?売り物にならないとは!」
順序だてて、話せと金原はハリソンを睨み付けた。
「いや、ちょっと、なぜ、私が睨まれるの?!せっかく、情報持って来たのに!虎ちゃんから、道々事情は聞いた!」
ふふんと、得意気に、ハリソンは小さく笑うと、金原へ、珠子を見たと告げたのだった。
布を広げていた櫻子の手が止まった。
その様子に、金原は、ハリソンを更に睨み付けた。
「ねっ?愛妻家でしょ?お店の皆さん!奥様のご機嫌をとるのよ!!」
ハリソンに言われて、店の者達は成る程と納得しながら、櫻子を囲み始める。元々仕入れていた生地まで、奥から持ち出して来て、皆、必死になり始めた。
「で、キヨシ。珠子だ。女神《ミューズ》の妹なんだって?」
「それがどうした!そんなことよりも、櫻子を利用するな!傾いた店など押し付けてきて、ハリソン、何を企んでいる!」
「あの!」
怒鳴り散らす金原を制するように、櫻子が、声をあげた。
「あ、あの!お願いです!この生地を!」
そこまで言って、櫻子は、黙った。皆の注目を浴びてしまった恥ずかしさもあるが、金原の顔つきが、更に、不機嫌なものになったからだ。
「なんと!奥様は、やる気になった!みたいだよ?」
ハリソンが、にやつきながら、金原を見た。
「だから!これには、店など無理だし、そもそも、ドレスを作りに来ただけなんだが!」
「……旦那様、あの、お玉ちゃんに……」
櫻子は、ハリソンに噛みついている金原へ、お玉の着物を作ってやりたいのだと、恐る恐る言った。
「……お玉の?」
「キヨシ、猫でも飼ったのかい?」
「いや、犬ころみたいなのを、拾ってしまったんだ」
「キヨシ!犬で、タマは、ないだろう?私を外国人だと舐めているね?」
黙ってろ!と、金原はハリソンへ怒鳴り、櫻子へ問うた。
「あの子供の着物を?その生地で?」
櫻子は、機嫌の悪い金原に遠慮して黙りこむ。
「キヨシのことは、大丈夫。私がいますからね?どうゆうことか、ちゃんと説明してごらん?」
小さくなっている櫻子へ、ハリソンが優しく語りかけ、救いの手を差しのべる。
「あ、あの、この山吹色の小花柄の生地で、着物をお玉ちゃんに作ってあげたいんです。ドレスの生地だとは分かってます。でも、子供用の着物を仕立てたら可愛らしいのではないかと思って……」
汚れきった着物のままでは、どうにもならない。自分の着物を、取りあえず、肩上げ、腰上げしようと思ったが、すぐ汚してしまう子供には、櫻子に用意された着物は高価すぎると思っていた矢先、人絹の生地を見た。安価、ということよりも、大人には、少し幼い感じのする小花柄が、子供向けではないかと思った。
櫻子は、自分の考えを言いきると、すぐに俯いた。
「……俯くぐらいなら、やめとけ」
金原が冷たく言い切る。
「ドレスの生地と、反物は、生地幅も異なる。簡単には仕立てられないだろう」
「……!」
確かに。作る物が違うのだ。生地の幅も、もしかしたら、厚みも異なるかもしれない。その違いを、どう乗り越えるのか、櫻子は、そこまで考えていなかった。
言われて、もっともだと思いつつ、馬鹿な事を考えてしまったと、櫻子は沈んだ面持ちになった。
「いや!できますよ!」
成田屋の番頭格の男が叫んだ。
「そうだ!和装、いや、和装小物なら、ドレスより、売れるかもしれない!!」
他の店員も、いけるのではと頷いている。
「ということで、奥様の監修の元、何か新しい事を始める。で、いいね?キヨシ?」
結束している店の者達と、ハリソンの熱い視線をまともに受けては、金原も、承諾するしかなかった。
「ただし!櫻子は、俺の妻だ!お前達の商売のためにいるわけではない!だから!」
皆は、金原の言葉の続きを、身を乗り出す勢いで、待っている。
「……いや、だから……」
口ごもる金原に、ハリソンが、にやつきながら、
「それじゃー、お浜さんを見張り役でつけといたら?キヨシ、君も安心だろ?」
「お、お浜を!!!」
仰天する金原の事など、無視して、ハリソンは、店の者達を集めると、着物生地とドレス生地の幅が違うのか、櫻子が言った、肩上げとやら、それより、大人の着物が子供様に、なぜできるのだ?などなど、好奇心の赴くまま、尋ねている。
そんな、沸きまくっている皆を、呆れ見て、金原は、
「……やりたいなら、やってみろ。お浜が、なんとかするだろう」
諦めたのか、俯いている櫻子へ、囁いたのだった。