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薄暗い雑談部屋。机の上に置かれたペットボトルの水が、安い蛍光灯の光を鈍く反射していた。
先に座っていた蓮司が、ゆったりと脚を組む。
「おかえり、デート帰りのお二人さん」
遥は部屋に入るなり、額に皺を寄せる。
「……だからデートじゃねぇって」
「ほぉ。じゃあ何だ?休日にわざわざ二人で映画館。まさか“勉強会”じゃねぇだろ」
日下部が息をつく。
「別にいいだろ、どう呼ぼうが。映画観ただけだ」
蓮司の口元が上がる。
「その“だけ”が一番気になるんだよなぁ。隣でポップコーンでも分け合ったか?」
「してねぇよ」
遥が即答する。少し声が荒い。
すると蓮司は「ふふん」と鼻で笑い、今度は日下部に視線を送った。
「お前は?隣で遥の顔ばっか盗み見てたんじゃないのか」
「は?」
日下部の目が一瞬だけ大きく開き、それからむっとする。
「……人のこと勝手に決めつけんな」
「図星か」
蓮司は涼しい顔で肩をすくめる。
「まぁ、俺の目からすればさ。遥は顔に出にくい分、観察する側は楽しいだろうなって」
遥はその言葉に黙り込む。心の奥を覗かれた気がして、息が詰まる。
「……お前は、なんでそんなに楽しそうなんだよ」
遥が吐き捨てるように言った。
「だって俺にとっちゃ、最高の娯楽だからな」
蓮司の声は落ち着いている。
「お前ら二人がどう転ぶか、眺めてるだけで退屈しない」
日下部が机に手をついた。わずかに身を乗り出す。
「お前……遥をおもちゃみたいに言うなよ」
一瞬、部屋の空気が冷えた。
だが蓮司はまるで気にせず、むしろ愉快そうに目を細める。
「怒るとこ、そこか。……やっぱお前、不器用でいいな」
日下部は返す言葉を探したが、口をつぐむ。
そんな中で、遥が唐突に声を漏らした。
「……楽しかったよ」
二人の視線が一斉に遥に向く。
遥は慌てて付け加える。
「いや……映画が、って意味だ。別に、誰と行ったとかじゃなくて」
蓮司の唇にゆるい笑みが浮かぶ。
「なるほど。“誰と行ったとかじゃなくて”ね」
「……揚げ足取んなよ」
遥はうつむく。
けれど、その声色はどこか弱々しい。
日下部がゆっくりと背もたれに寄りかかり、視線を逸らした。
「俺は……行ってよかったと思うよ」
その言葉に遥が顔を上げる。
日下部は普段通りぶっきらぼうだが、目だけは真っ直ぐだった。
蓮司は二人を眺め、指先で机を軽く叩いた。
「いいねぇ、その温度差。お前ら、俺の前で正直になると余計に面白い」
「蓮司……お前、ほんと性格悪いな」
日下部が吐き捨てるように言う。
「褒め言葉だ」
蓮司は悪びれずに笑った。
静かな間。
遥はその隙間に、ふと小さな声を落とす。
「……また行ってもいい、かもな」
その呟きは、誰にも届かないつもりで吐いた。
けれど蓮司の耳は逃さなかった。彼は唇に不敵な笑みを残したまま、何も言わず目を伏せた。
日下部もまた、無言のまま机の隅を見つめていた。
蛍光灯の下、三人の影がぼんやりと重なる。
雑談部屋の空気は軽やかで、それでいてどこか張り詰めている。
言葉にならない想いと、それを面白がる視線――その歪んだバランスが、今日もまた続いていた。