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「ないです。恋人がいたこともあまりなければ、祝ってもらったこともなくて。フラれたことならあるんですけど」
鴻上さんがギョッとする。
「えっ!? 誕生日にフラれたの?」
「はい……。私の誕生日にサークルの仲間とキャンプに行くと言うので、やめて欲しいと言ったんです。その、誕生日抜きにしても、行って欲しくなくて」
いつもの勘が働いたのだ。
かなり暑い日が続き、海開き前なのに海に行くから約束を延期して欲しいと言う彼を、私は引き止めた。
彼には、私の勘について話していた。
一緒にいる時に勘が当たると、「ラッキー! 助かった」などと笑ってくれたものだ。
けれど、きっと、本当の意味では分かっていなかったのだと思う。
「それでも、彼は行っちゃいました。次の週に埋め合わせするからって言って。けど、その日の夜に電話がかかってきて、フラれちゃいました」
「どうして……?」
私はキョロッと周囲を見回した。
食事時に聞きたい話ではないから。
「キャンプに行った先の海で、その、ご遺体を見つけてしまったそうです」
「ご遺体……って! 水死体!?」
私は慌てて人差し指を唇の前に立て、「シーッ」と言った。
鴻上さんもハッとして、口を噤む。
「気持ち悪いって言われちゃいました」
忘れたつもりでいても、やはり思い出せば悲しいし、苦しい。
あれから、私は誰とも付き合っていない。
それでも、美味しい、楽しいランチの後で沈んだ表情はしたくない。
私はへへへっとおどけた笑いを見せた。
「それから、誕生日はひとりで甘いもの食べてます。お陰で、八年で十キロも太っちゃいました」
笑って欲しかったのに、鴻上さんは不機嫌になってしまった。
折角の雰囲気を台無しにしてしまったからかもしれない。
鴻上さんの背後に座るカップルが、届けられたパンケーキに感激の声を上げている。
なんだか、自分がこの上なく滑稽に思えて、泣きたくなる。
涙を引っ込めたくて飲んだコーヒーは冷めてしまっていた。
「すいません。折角のコーヒーを台無しにするようなことを言って」
「乾さんは何も悪くないだろ? 悪いのは、その元カレだ。そもそも、彼女の誕生日をすっぽかすのが間違いだ。俺がその場にいたら、有無を言わさず彼からきみを奪ったのに」
「え……っ?」
奪う、なんて意味深発言にドキッとする。
けれどすぐに、鴻上さんは私を慰めようと大袈裟に言ってくれただけだと自分に言い聞かせた。
奪うってのは……、そう!
代わりに誕生日を祝ってくれるとか、そういうことよ。
そうそう!
「あははっ。鴻上さんは優しいですね。ありがとうございます」
「本気だよ。それに、俺にしたらきみの方が優しいよ」
そよ風を感じそうなほど爽やかな極上スマイルが眩しい。
「そろそろ行こうか」
私が目を細めている間に、すっと立ち上がった鴻上さんは、自然な流れで伝票を持った。
「あ――」
私も慌てて立ち上がる。
ソファの下の籠からバッグを持ってレジに行くと、既に彼の手から五千円札が店員さんに渡されていた。
「ありがとうございました」
女性の若い店員さんの声が、少し高めにわざと作ったように感じたのは気のせいだろうか。
いや、そりゃ、ねぇ。
相手は極上イケメンだもん……。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
私はペコリと頭を下げると、鴻上さんの後に続いて店を出た。
いつものようにドアを開けて私を通してくれる紳士な鴻上さんに、私はペコッと頭を下げた。
「ご馳走様でした」
「どういたしまして。美味しかったね」
「はい!」
正直、迷った。
自分の代金は出すべきではないかと。
けれど、いつか兄から言われたことを思い出して、やめた。
『何も言わずに会計をした男に割り勘を持ちかけるのは、失礼になることがあるから気をつけろ』
最初に会った時は、お礼だと言われたから素直にご馳走になった。
が、今日は、元々私が一人でカフェ巡りしようと思っていたところに、鴻上さんが車を出してくれた。
本当ならば、割り勘か、むしろお車代として私がご馳走すべきだ。
最初に断るのを忘れていた私の落ち度だ。
次は、先に伝票を手にしなければ!
私はなぜか、不思議な使命感に燃えた。