ドアがノックされる音は弱かった。
遠慮というより、入っていい権利が自分にあるのか迷っている音。
「どうぞ」
蓮司が声をかけると、制服の前をきゅっと握りしめたまま、
小柄な生徒が顔だけのぞかせた。
「……その、あの。相談、いいですか」
「ここはそのための部屋だから。勝手に座って」
ソファに腰を下ろした瞬間、
彼の肩がほとんど音を立ててしぼんだ。
糸がぷつんと切れたみたいに。
「部活、休みたいんですけど……言えなくて」
「ふうん。言えない理由は?」
「……サボりって思われる、気がして。
監督も、先輩も、同級生も。
“あいつ休むんだ”って噂されたらって考えたら……」
彼は言いながら、膝を抱えそうな勢いで背を丸めた。
自分で自分を小さくして、責めてる姿だ。
「で、“気のせいかもしれない”とは思えないわけだ」
「……はい。
ほんとは体もきつくて、朝起きるだけで足に力入らない日もあって……
でも、休んだら負けっていうか……逃げるみたいで……」
言葉は崩壊寸前なのに、必死に形を保っていた。
そういう“無理してる音”は、すぐ分かる。
「じゃあ聞くけど。
もし友達が同じ理由で休みたいって言ったら、どう思う?」
「え……? サボりなんて思わないです。
むしろ、“休んでいいのに”って……」
「ほらね」
彼が目を瞬いた。
自分の中の矛盾に、今ようやく気づいたみたいだった。
「人は、自分にだけ厳しい生き物だよ。
他人にあげる優しさを、自分には全く配らない。
おまえはいま、それをやってるだけ」
彼は息をのんだ。
図星、という音がした。
「きついのに続けるのは、努力じゃない。
ただの消耗だよ」
飄々と告げると、彼は下を向いたまま拳を握った。
「……休んでも、いいんですか」
「いいか悪いかじゃない。
もう“必要”なんだよ、休むことが。
体も、心も、ずっと前からそう言ってる」
沈黙が落ち、しばらくして彼がぽつりと言う。
「……明日、監督に言ってみます。震えるけど」
「震えてもいい。
震えてるうちのほうが、人間はまだ強い」
立ち上がる彼の背中は、来たときよりずっとまっすぐだった。
「またつらくなったら来いよ。
休む許可くらい、何度でも出してやるから」
振り返って小さく頭を下げ、
彼は相談室を出ていった。
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