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ホームに滑り込んできた電車の風が、私の頬を冷たく叩いた。
ガタガタと震える指で、スマートフォンの画面を凝視する。
『佐川結愛さん。あなたは、自分が何をしているか分かっていますか?』
心臓の音が耳元でうるさい。
匿名交換日記アプリのはずだ。
本名なんてどこにも登録していない。
電話番号だって、メールアドレスだって、このアプリには紐づけていないはずなのに。
私は逃げるように電車に飛び乗り
車両の隅で周囲を警戒しながら、震える手でパレットさんにメッセージを送った。
『パレットさん、助けて。知らない人から日記が届きました。私の本名を知っているみたいなんです。これ、パレットさんの知り合いですか?』
返信はすぐに来た。
『……困りましたね。それは「ノイズ」です。不純物が混じってしまったようです。yさん、その日記の相手は、あなたの幸せを邪魔しようとする悪意そのものです。決して答えてはいけませんよ。』
パレットさんの言葉はいつも通り穏やかだったけれど、どこか刺すような冷たさが混じっている気がした。
その夜
私は一睡もできなかった。
暗い部屋で、あの「不明」からの日記を何度も読み返す。
……誰だろう。会社の人?
それとも、香織さんの火事を知っている警察?
不安を打ち消すように、パレットさんからの日記が次々と届く。
『yさん。あなたの周りには、まだ隠れた敵がいます。SNSを見てごらんなさい。あなたのことを「あいつが課長を呪ったんじゃないか」と根も葉もない噂を流している同僚がいますよ。』
言われるがままに、社内チャットや匿名の会社の掲示板を覗く。
そこには、昨日の火事や事故を面白おかしく語り
暗に私の不気味さを指摘する書き込みがいくつかあった。
《佐川って、最近急に雰囲気が変わったよね。なんか笑い方が不自然で怖い》
《あの火事の朝、あいつ佐々木さんに何か言ってたらしいよ。呪いか何か?w》
───許せない。
私はただ、静かに仕事をしていただけ。
私を汚していたのは、彼らの方なのに。
『彼らも消しましょうか? yさん。あなたが許可をくれれば、明日にはネットの海からも、現実の世界からも、彼らの居場所を奪ってあげられます。』
パレットさんの提案は、甘い毒のように私の脳を痺れさせる。
私は、自分が一線を越えようとしていることを自覚していた。
「偶然だ」と自分に言い聞かせるフェーズは、もう終わったのだ。
『……お願いします。私を笑う人たちを、全員黙らせてください。』
送信ボタンを押した瞬間、部屋の電気が一瞬だけパチリと瞬いた。
そして、画面の「不明」からの日記が、一通、また一通と増えていく。
【差出人:不明】
『手遅れになる前に、アプリを消せ。』
『パレットは、あなたが思っているような人間じゃない。』
うるさい。うるさいうるさいうるさい。
私を救ってくれるのは、パレットさんだけなんだ。
私は「不明」のアカウントをブロックしようとした。
けれど、何度タップしても、画面には赤い文字で
【エラー:このユーザーをブロックすることはできません】
と、表示されるだけだった。
猫塚ルイ

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