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「メアリーは賢いな」
ヴァイスは、そう後輩である彼女を褒めた。
私の部屋で午後のお茶会。メンバーは私とメアリー、そしてヴァイスとアッシュという、ここ最近では珍しくないいつもの面々。
メアリーへの気持ちをヴァイスが高まらせているのが、見ていればわかる。
婚約者としては嫉妬をするのが正しいのだけれど、王子とメアリーの仲を進展させようとしてる私にとっては、いいぞもっとやれ、である。
ただ、やはり婚約者である私が見ていたのでは、ヴァイスも気になってしまうのだろう。
はいはい……。
「そういえば、私、教科書を忘れてきてしまいましたわ」
頃合いを見計らい、私は席を立った。
「取りにいってまいります」
その瞬間、ヴァイスがアッシュを見た。
「アッシュ、アイリスと付き添ってやれ。最近、何かと物騒だからな。校内といえど、安心はできん」
「はっ」
アッシュが立ち上がった。メアリーがキョトンとする。
「物騒、なのですか?」
「例の魔女が現れたり、この学校の警備体制に少々不安がある」
真面目ぶるヴァイスである。でも本心では、ただメアリーと二人っきりになりたいのだとわかっている。
私は、それに乗っかるのみだ。
「アッシュが付いてきてくれるなら頼もしいですわ。では殿下、席を外しますね。メアリー、殿下をよろしくね」
「はい、アイリス様」
メアリーが頷いた。私は部屋を出る。アッシュもついてきた。
「君が教科書を忘れるなんて、意外だな」
「そう……?」
廊下の窓からは夕暮れの空。外では部活に励んでいる生徒たちの声が聞こえてくる。
「あなたもご苦労様ね。王子とメアリーを一緒にさせるために、部屋から追い出されて」
「……何のことだ?」
「とぼけないで。私、わかるのよ」
私は隣を歩くアッシュに一歩近づいた。
「王子様はメアリーに惹かれている。……私がわからないと思った?」
「……さて、僕にはわからない話だ」
「あら、本心で言ってる? だとしたら、私はあなたを買いかぶっていたのかしら?」
知っていて、ついイタズラしたくなっちゃうのよね。悪い女だわ、私は。
「王子の気持ちについてはともかく、君はそれでいいの? 婚約者だよな?」
「そうねぇ……王子には黙っていてほしいんだけど――」
「言わない」
そう、アッシュは背筋を伸ばした。
「うん。私は王子とメアリーがピッタリだと思う」
「それ、君の本心?」
「もちろんよ」
「君の気持ちは?」
「私の気持ち?」
何を言っているのだろう。これは本格的にアッシュルートに入っているのかしら。こんな会話、覚えがないわ。
「君は、婚約者をメアリーにとられても平気なのか?」
「そう言ったわ」
「いや、二人がピッタリとは聞いたけど、君自身がどう思っているかは聞いていない」
それでわかりそうなものだけど、違うのかしら。私は首をかしげる。
「うーん、そうねえ。王子様は真面目で素敵だと思う。この国のことを考えているし、民には優しいし。でも……私のタイプではないかな」
「他に好きな男がいるのか?」
アッシュが真顔で聞いてきた。……なにこの会話。ちょっとドキリとした。
「さあ、どうかしらね……」
何だか、アッシュが嫉妬しているように感じたのは気のせいかしら。……そうなのかしら?
「そうね、気になっている人はいるかも……」
意味深。じっとアッシュに流し目を送る。アッシュは口を引き締めて、顔を正面に逸らした。
「な、何を……」
「あら、動揺してる?」
私は思わずニンマリしてしまう。アッシュ、私に気があったりするのかしら?
「動揺なんて――」
「別に、私はあなたが好きだなんて、一言も言っていないけれど」
「……」
黙ってしまうアッシュ。この反応は、ちょっとガッカリさせてしまったかしら。ああ、やばい。私の心臓が機関車みたく暴れはじめてる!
「僕をからかっているのか?」
「だとしたら……? どうするの?」
「っ!」
バッと、アッシュが動いた。襲われる!? とっさに身を引いたら廊下の壁に背中が当たり、彼の腕が私の顔のそばにあって……。
「あまり男をからかわないほうがいい」
やだ、これ壁ドン!? 全身に痺れにも似た感覚が走った。いま、私、どんな顔をしてる? 顔が熱く感じるということは、赤面しているのかしら?
「……すまない」
アッシュが身を引いた。
「こんなこと、するべきじゃなかった。悪かった」
とても深刻そうな顔で謝った。感情を抑えきれなかったということか。
「いえ、私も、意地悪だったわ」
まだ胸がドキドキしている。久しく忘れていた感覚だ。彼の積極的な行動は、初めてだから、まだ免疫が……。
「……教室に行きましょう」
「そうだな」
少々気まずくなって、私たちは無言になる。
気を紛らせるために、部屋にいるメアリーとヴァイス王子のことを考える。今頃イチャイチャしているかしら? 王子はあれで女に対してウブだから、手を出したりはしないのはわかっているけれど。
今回のメアリーは果たしてどう出るのか? あまりに性的にガッつくのは王子が逃げるから、じっくり行くべきではあるが。あの子、学生と言っていたけれど、ゲーム以外に恋愛経験あるのかしらね……?