コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
❖骨御屋(ほねみや)
「これ……私の、骨じゃないよね?」
古びたガラスケースの中に並んでいたのは、
指の骨、肩甲骨、足首、そして──左手薬指の骨。
添えられた札には、こう記されていた。
> 「提供者:サワダ ナミ 2009年春/喪失未届け」
駅名は骨御屋(ほねみや)。
夜の商店街のような静けさ。
だが、並んでいるのは古本でも雑貨でもない。
“骨そのもの”を取り扱う露店が並ぶ異様な町。
売り物はすべてガラス棚に並び、
商品札には「名前/失われた年月/感情の断片」が添えられていた。
たとえば:
左手首の骨/2014年秋/「怒りを隠すために捨てられた」
腰椎の一部/1999年冬/「支えきれなかった約束」
肋骨/提供者不明/「最後に抱いたものの記憶」
この町を歩いているのは、
澤田 奈未(さわだ・なみ)、27歳の営業職。
ストレートの黒髪を後ろで束ね、ライトグレーのパンツスーツ。
化粧は控えめ、けれど疲れを隠すように口紅は濃いめの赤。
ネイビーのトートバッグに、営業用の資料が入っている。
「……気のせいかな。なんか、昔ここ来たことある気がする」
その感覚は、“道の形”や“露店の並び”を見ても消えなかった。
奈未がふと立ち止まったのは、
“記録屋”と名札を掲げた店。
そこには、名札付きで骨が陳列されているケースがあり、
そのひとつに、彼女自身の名前があった。
> 「サワダ ナミ 左手薬指骨/2009年春/“未来を信じた痛み”」
「……春? 2009年って……私が……」
記憶がぼんやりと浮かび上がる。
高校2年、初めての失恋。
小さな約束の指輪を、泣きながら捨てた日。
けれど、その“痛み”は、今も時々、指の奥に残っていた。
そのとき、店主らしき男が現れた。
顔の半分に包帯を巻き、
白い作務衣に、骨の形を模した刺繍が施されている。
> 「お戻ししますか? その骨は、まだ“居場所”を探しているようです。」
「戻すって……どうやって?」
> 「ただ、握ってください。
あなたが“いまも失ってる”と思っているなら、それで十分。」
奈未は、少しだけ震える手で
薬指の骨を手のひらに包んだ。
瞬間、何かが“カチリ”と音を立てて、自分の中で噛み合った。
気づくと、彼女は南新宿駅の改札前に立っていた。
バッグは軽くなっていたが、
胸ポケットに、小さな透明の包みが入っていた。
中には、微かに欠けた金属リングと、
紙片にこう書かれていた。
> 「忘れるより、納めるほうが、きっといい。」
—