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「はい。一番最初に店長が言っていました。お客様が満足してくださったかを直接確認するために、自分はフロアに立っている、と。言葉通り、店長はいつもフロアにいます。そして、誰よりも動いています。入店時には真っ先に駆け付け、お客様がボタンに手を伸ばしたのを見て動き、立ち上がったと同時にレジに向かう。僕にはとても真似できなくて、いつも一歩も二歩も遅れてしまい、配膳や片付けしかしていませんでした」
「それが不満だった?」
佐藤さんは唇をギュッと結び、素早く瞬きを繰り返して、カフェラテを飲んだ。
ほうっとゆっくり息を吐いてから、ようやく口を開いた。
「正直に言えば、そうです。不満でした。でも、フロアの仕事がじゃないです。確かに僕は接客に向いている性格ではないと思います。声が小さいとか聞き取りにくいとか言われましたけど、頑張っていたつもりです。でも、僕がお客様の対応をしようとすると、店長が先に動くんです。手を上げて止められることもありました。それで結局、片付けに回るんです。僕だって、どうせフロアにいるなら、ちゃんとお客様をご案内して、オーダーを取って、会計をして、直接的な接客がしたかった。けど、一日中配膳と片付けだけをする日もあって。店長が休みの日にオーダーを取ろうとしたらハンディやレジをうまく使えなくて、他のスタッフに迷惑をかけてしまって……」
私と鴻上さんは、チラリと視線を合わせた。
昨夜の、O駅前店での印象は間違いじゃなかった。
「副店長や他のスタッフに相談はした?」
「愚痴っぽい感じでは……。けど、副店長は事務処理関係に追われていて、事務所から出ることはなかったですし、他のスタッフは……諦めムードと言うか……」
「エリアマネージャーには?」
「一度会いましたけど、何も言えませんでした」
「そうか……」
O駅前店を担当するエリアマネージャーの評判は、可もなく不可もない。
担当する店舗へは定期的に顔を出し、店長や副店長との関係も良好らしい。が、それだけ。
毎月の会議での担当エリアについての報告も、数字を読み上げるだけ。
O駅前店の問題点に気づかないはずはない。
会議では、前月の雇入れ人数と退職者数も報告するのだから。
みんな、自分のエリア以外はどうでもいいってことかな……。
「あのっ」と、佐藤さんが鴻上さんに向けて言った。
「店長は悪い人ではないと思うんです。指導は優しかったし、僕が辞めると言ったら、残念だって、本当に残念そうに言ってくれましたし。ただ、ただ……」
佐藤さんが俯く。
私と鴻上さんは、彼が先を続けるのを待つ。
佐藤さんは性急にカフェラテを飲み干した。
「店長、には向いていないんじゃないかと……思います。今の職場の店長も、そう……言っていたし……」
「失礼ですが、今はどういったお仕事をなさっているんですか?」
「カフェレストランで働いています」
「キッチンの仕事を?」
「まだ下っ端なので、掃除や片付け、食器洗いなんかがほとんどですけど、いずれは、はい」
「そうですか」
エクセを辞めた後の佐藤さんに、良い職場が見つかって良かった。
「面接の時、エクセを二か月で辞めた理由を聞かれて正直に言いました。そしたら、今の店長が言ったんです。『前の店長はスタッフとしては優秀でも、店長には向いていなかったんだろう』って。僕、そう言われて気が楽になりました。折角就いた仕事をたった二ヶ月で辞めるなんて、我慢が足りないって思われるんじゃないかって……怖かったので」
詳しい事情を知らなければ、そう思う人は多いだろう。
佐藤さんはとても真面目な人なのだと思う。
エクセを辞めてしまって残念だとも。
鴻上さんは佐藤さんに、退職に追い詰めてしまったことを謝罪した。そして、O駅前店の人事の改善を約束した。
佐藤さんは怒ってはいなかった。
今の職場で働くことが好きだと、笑っていた。
「畠山店長を異動させるんですか?」
佐藤さんが帰ってから、聞いた。
「異動……で解決するかなぁ」と、鴻上さんは冷めきったカプチーノを飲み干す。
「人事に関しては、専務に任せるよ。……あ! 人事と言えばさ、乾さんのとこの主任て、いつも仕事らしい仕事をしてないように見えるんだけど?」
「権田主任……ですか」
私は、主任が私の課にやってきた経緯を話した。話しながら、たった何回かしか会っていない鴻上さんに見抜かれるほど仕事をしていない主任もまた、人事ミスなのだろうと思った。
適材適所とは、なんだろう。
「なるほどねぇ」
鴻上さんは頬杖をついた手で顎を触りながら呟いた。
ヴヴッとスマホが唸り、私はバッグから出さずにチラリと確認した。
兄からのメッセージだった。
「そろそろ帰ろうか」
メッセージを開かずに、スマホをバッグに戻す。
二十一時を過ぎた頃で、店内には私と鴻上さんの他に、一組の男女だけになっていた。
「そうですね。――あ!」