5時になると二人は季節営業のビアガーデンへ行った。
まだ時間が早いので店内は空いている。
一番端の席に腰を下ろすと、二人はおつまみを何種類かと生ビールを頼んだ。
ビールが来ると、拓が言った。
「えー、では本日はお日柄もよろしくぅー私長谷川拓は無事に宮田真子との婚約をつつがなく終了いたしましたー、ではここで乾杯したいと思います―」
ふざけた拓が大声で言ったので、真子は真っ赤な顔をして言った。
「拓、恥ずかしいよっ!」
「いーじゃん、めでたいんだから!」
そして拓が笑顔でビールのジョッキを持ち上げた瞬間、
「真子ちゃーん、そうなのー? おめでとーう!」
突然女性の声がした。
真子がびっくりして振り返ると、そこには瑠璃子がいた。
「瑠璃ちゃん!」
「婚約したのー? うわーおめでとうー!」
瑠璃子は大声で叫ぶ。
よく見ると、瑠璃子の後ろには瑠璃子の夫で真子の主治医でもある岸本医師がいた。
そしてさらにその横には、染織家の秋子と秋子の夫で画家の江藤進一が微笑んで立っている。
「先生も秋子さんも進一さんも!」
真子はびっくりして叫ぶ。そこで秋子が言った。
「真子ちゃん婚約したの? うわーおめでとう! こちらが彼氏さん?」
そこで真子は拓を皆に紹介した。
「はい、長谷川拓さんです。拓、こちらが私の手術をして下さった岸本先生で奥様の瑠璃子さん、そしてこちらが工房を時々手伝って下さる江藤秋子さんとご主人の進一さん。進一さんは画家なの」
皆に紹介された拓は立ち上がると、
「初めまして、長谷川拓と申します」
と自己紹介をして深々と頭を下げた。
そこからは四人も合流して一緒に飲む事になった。
四人が席に着くと真子が瑠璃子に聞いた。
「蒼輔君と紫野ちゃんは?」
「今日は大輔さんの実家に預かってもらっているわ」
瑠璃子はニコニコして答える。
岸本夫妻には、小学生1年生の男の子と幼稚園に通う女の子がいる。
瑠璃子は今子育てが一段落したので、時折真子の染色教室へ通ってくれていた。
そこで拓が江藤夫妻に聞いた。
「私の職場の先輩の奥様が、江藤さんのお孫さんにあたるとうかがったのですが……先輩の名前は夏樹涼平と言います」
そこで進一がびっくりした顔をした。
「涼平君は孫娘の夫だよ! それは奇遇だなぁ……こんな偶然ってあるんだねぇ…」
進一は目を細め嬉しそうに笑っている
すると妻の秋子も、
「本当ねぇ…縁って不思議なものね…」
そう言ってニコニコしていた。
そこで先ほどからウズウズしている瑠璃子が口を開く。
「で? 二人はいつ結婚の予定なの?」
「まだ具体的にはこれからなんです。お互い仕事の事とか色々あるし…」
そこで瑠璃子の夫の岸本が聞いた。
「長谷川さんのお仕事はどういった関係なのですか?」
「設計事務所に勤めています」
そこで進一が、
「ああ、だから涼平君と同じ事務所に?」
「はい、まだまだ駆け出しの半人前ですが…」
拓は恥ずかしそうに笑った。
そこで真子が四人に説明する。
「拓は今仕事でこっちに来てるんです。今度市内に体験型ミュージアムが出来るでしょう? あの設計は拓がやっているの」
そこで拓が慌てて言った。
「あ、いえ…設計した中の一人ってだけです」
「そんな事ないじゃない。元の設計は拓のなんだし」
「それはそうだけれど、涼平さんや先輩方のサポートなしには出来ないよ」
四人は二人の様子を微笑んで見ている。
「それにしても凄いですよ。その若さであんなに大きな建物の設計をするとは…」
岸本が感心したように言うと、秋子も続く。
「本当よねぇ…あの施設は市内ではかなり大きな規模の建物に入るわ。その設計を拓さんが担当するなんて…なんだか出来上がる前から楽しみね!」
秋子が嬉しそうに笑った。
拓は四人と話をしてみて、いかに真子が素敵な人達に囲まれてこの北海道で生きて来たのかがわかった。
そしてそれを知った今、真子を関東へ連れ戻す事が果たして本当に良い事なのだろうかと思えて来る。
その時、進一が拓に聞いた。
「結婚後はどちらにお住まいになられるのですか?」
その質問に真子が慌てて言う。
「それもこれから話し合いで決めようかと…」
「そうよねぇ…拓さんはお仕事があるし、真子ちゃんにも工房があるし、すぐには決められないわよねぇ」
秋子が頷きながら言った。
「そりゃあそうだろう。いやね、私も移住組なのですが、北海道に越して来てまだ10年も経っていないんですよ。元々は関東に住んでいまして彼女との結婚を機にこちらへ移り住んだんです」
拓は真子からその話は一通り聞いていたので知っていたが、進一に改めて聞いてみたくなった。
「移住してみていかがでしたか?」
「最初は冬の寒さにびっくりしましたよ。それに雪の多さにはカルチャーショックを受けました。でも今では良かったと思っています。それはなぜかって言うとね、こっちでは『人間らしい生活』が出来るんですよ。自然は豊かだしどんな風景も抒情的だし…自分みたいに絵を描く人間にとっては最高に贅沢な場所ですよ」
進一はそう言って穏やかに笑った。
その時、岸本が拓に聞いた。
「もしこっちに来て転職しようと思ったら言って下さい。私の友人が札幌で建築事務所をやっているので、設計士の仕事に空きがないか聞いてみますよ」
そこで拓の顔がパァッと明るくなる。
「ありがとうございますっ! もしこっちに来る事になったらその時は是非よろしくお願いします」
拓はそう言って深々と頭を下げた。
コメント
1件
わぁ、偶然ビアガーデン🍺で拓君の面白開会式の挨拶を瑠璃ちゃんご夫妻と秋子さんご夫妻に聞かれちゃったね🤗❣️ でもこの機会に拓君の人となりと岩見沢での生活や移住に関しても聞けて良かった‼️ ただ…拓君は涼平さんの元を離れて岩見沢に移住してもいいのかな?? 真子ちゃんもきっと心残りじゃないかな…🥺💧