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午後の港は、雨上がりの光で少しだけ眩しかった。濡れた石畳が空を映し、停泊した船の窓まで白く光っている。ディアビレはオラシオに呼ばれて、古い防波堤のそばまで来ていた。
「写真の相談かと思ったのに」
「半分はそう」
オラシオは苦笑して、首から下げたカメラを軽く叩く。「もう半分は、先に終わらせておきたい話」
ディアビレは何も言わず、海を見た。こういう時の予感だけは、昔から当たる。
オラシオは少し間を空けたあと、肩の力を抜いて言った。
「昔、好きだった」
波が堤防に当たる音が、その言葉のあとに来た。
「町を出る日に言えばよかった。でもあの頃の俺は、何も持たないまま格好だけつけたかった」
ディアビレはゆっくり息を吐いた。驚きは、思ったより小さい。胸を刺す懐かしさはあるのに、足元をさらうほどではなかった。
「知ってた気がします」
「だろうな」
「私も、少しだけ期待してた時期がありました」
オラシオは笑った。その笑い方が昔より静かで、大人になった時間の長さだけ少し切ない。
「少しだけ、か」
「ええ。今思うと、海に向かって手紙を投げるみたいな期待でした」
「届かないやつだ」
「たまに、戻ってきますけどね」
二人で笑う。痛いはずの話なのに、不思議と風通しがよかった。もうそれは今を奪う告白ではなく、昔の自分をちゃんと見送るための言葉になっていたからだ。
オラシオはカメラを構えず、ただ彼女の横顔を見た。
「君、前を見てるな」
「見たい人ができたので」
答えた瞬間、自分で少しだけ驚く。けれど、嘘ではなかった。
オラシオは目を細め、それから軽く両手を上げた。
「参った。じゃあ俺はきれいに負けるよ」
そして、やっとカメラを構える。
「昔の君じゃなくて、今の君を撮りたい」
シャッター音がひとつ鳴った。その音で、胸の奥に長く残っていた淡い痛みが、ようやく静かに終わった。
#独占欲