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その夜、ディアビレの部屋の扉は、鍵がかかっていたのに半分開いていた。
廊下の薄暗い灯りの中でそれを見た瞬間、胸の奥がひやりと冷える。そっと押し開けると、部屋の中はひどい有様だった。引き出しは抜かれ、寝台の毛布は床へ落ち、椅子の上に置いていた作業着まで裏返されている。
「……契約書、探したのね」
怒りより先に、呆れが来た。ここにあるのは着古した服と、母の店のコースターと、書きかけの紙切れくらいだ。泥棒にしたって、外れくじがすぎる。
ただ、机の上の小箱だけが開いていた。中にしまってあったノートが、床へ散らばっている。
そこへジナウタスが駆けつけた。グラツィエラに聞いたのか、扉の様子を一目見るなり目の色が変わる。
「触るな。先に見る」
低い声で言ってから、彼は荒らされた跡を素早く確かめた。探されたのは紙。金目のものには手がついていない。懸賞金目当てで誰かが押し入ったのは、ほぼ間違いなかった。
ディアビレは床に散ったノートを拾おうとして、途中で手を止めた。ページが一冊、開いたままになっている。そこには、宿泊客の背中や海辺の朝について、短い言葉が並んでいた。
――眠れなかった人ほど、朝の光を静かに飲む。
――雨の窓は、泣くためじゃなく、隣の輪郭をやわらかくするために曇る。
ジナウタスが黙ったまま、その頁を見つめている。
「返してください」
ディアビレが慌てて手を伸ばすと、彼は避けなかった。ただ、視線だけが紙から離れない。
次の頁。次の頁。そこには契約書も秘密の地図もなく、ただ町の息づかいだけが丁寧に並んでいた。
「……これを、ずっと書いてたのか」
珍しく声がかすれていた。
ディアビレは顔が熱くなるのを感じながら、散らばった紙を胸に抱えた。荒らされたことより、その中身を見られたことの方が、よほど無防備で困る。
けれどジナウタスは、からかいもせず、軽口も叩かず、ただ言葉を失ったように立ち尽くしていた。
#独占欲