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会場が混乱に沈む前に、チョムは搬入口へ逃げていた。
高い靴音も立てず、迷いのない早足。
勝ち筋しか選ばない男らしい退き方だった。
だが、外へ出たところで足が止まる。
雨上がりのにおいが残る裏口に、ンドレスが立っていた。
「どけ」
チョムが低く言う。
「急いでる」
「知ってる」
ンドレスは動かない。
「いつもそうだったな。都合が悪い時だけ、判断が速い」
チョムは舌打ちし、進路を変えようとする。
そこへスレンが横から現れ、笑いもしない顔で扉の鍵を内側から掛けた。
「七、二、一、九」
スレンが言う。
「記念日、覚えやすかったよ」
チョムの眉がぴくりと動く。
その頃、客席側ではゼフィレルが壇上へ上がっていた。
逃げ腰のままだった女が、震える手でマイクを握る。
「宣伝文句は、私も書きました」
会場がどよめく。
「でも、あの言葉は人を助けるためじゃなく、安心させて値段を下げるために使われました」
テオハリが顔色を変えて割って入ろうとするが、ピットマンが通路へ立ちはだかる。
「今日はその営業トーク、閉店だ」
リボルは壇上脇のケースから書類束を回収し、マイナへ手渡した。
テオハリの持っていた営業資料には、店ごとの誘導文言まで細かく書き込まれている。
「泣き落とし有効」
「親族の不安を刺激」
「恋愛案件は秘密保持を匂わせる」
読み上げるたび、客席の表情が変わった。
サペは舞台へ戻り、正面からチョムを見る。
もう逃げ場はないと、会場の誰もが分かっていた。
「人の悩みは金になる」
チョムは吐き捨てるように言う。
「そう思って何が悪い。金がなきゃ守れないだろ」
サペは首を振る。
「守るための金と、折るための金は違う」
「綺麗ごとだ」
「今日ここで折れたのは、綺麗ごとじゃない」
サペは黒い名刺を一枚取り出す。
「おまえらのやり方だ」
そう言って、名刺を真ん中から折った。
乾いた音が、思っていたより大きく響いた。
その瞬間、客席の後方で誰かが拍手した。
ひとつ。
またひとつ。
やがて小さな拍手がつながっていく。
勝利の喝采にはまだ早い。
残った傷も、後始末も、この先に山ほどある。
それでも、黒い契約の仕組みはもう舞台の光の下へ引きずり出された。
ローレリーズが最後列で腕を組み、小さく頷く。
キオノフは息を吐き、ルドヴィナは目元を押さえた。
エリアは舞台袖の黒幕をつかみ、思いきり引いた。
重たい幕が落ちる。
人の秘密を飾るための夜は終わった。
暗転した舞台の向こうで、雨がやんだあとの朝みたいな匂いがした。
次は、壊れたものを戻す番だった。
#勧善懲悪
#勧善懲悪