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#勧善懲悪
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ズジが連れてきたのは、箱庭座の元照明係の老人だった。
公園のベンチへ座るなり、老人はアイナグルの名前を聞いて顔をしかめた。
「才能はあったよ。あったから、なおさら危なかった」
昔の箱庭座で、アイナグルは衣装でも演出でも、目を引くものをつくる女だったらしい。誰よりも美しい場面を欲しがり、そのために徹夜も平気でやった。
「でも、舞台ってのは一人のものじゃない」
老人は手のしわを見下ろす。
「相手役がいて、裏方がいて、見に来る客がいて、やっと立つ。あの子はそこを、途中で嫌がった」
きっかけは、一人の舞台職人だった。
舞台装置を直し、壊れた人形を黙って直し、子どものためなら採算度外視で舞台を続けようとした男。アイナグルはその男に恋をした。
「好きだったんだろうな。見てれば分かった」
けれど、その男は誰か一人のために舞台を作る人ではなかった。
雨の日に泣いている子どものためにも、店を閉めかけた商店街のためにも、古い劇場の暗い客席のためにも、同じように舞台を明るくしようとした。
「みんなに向いてた。だから、あの子には足りなかったんだろう」
老人はそこで言葉を切る。
「誰か一人に選ばれたい気持ちは、分かる。けどな、分けることで届くものもある」
アイナグルは、それを受け取れなかった。
自分だけのものにならないなら、いっそ壊した方が早いと、どこかで信じてしまった。
エリアは黙って聞いていたが、最後に小さくつぶやいた。
「だから奪う側へ行ったんだ」
ズジがメモを閉じる。
「恋の失敗を免罪符にはできない。でも、どう歪んだかは見えた」
サペはベンチの背にもたれ、空を見た。
雨は降っていないのに、雲の色が重い。
好きだから壊す。
失うくらいなら奪う。
そんな理屈を、アイナグルはずっと磨き続けてきたのだろう。
だったら、こちらは別の理屈で立つしかない。
守るために残る。
分けるから増える。
それを、次は正面から言わなければならなかった。