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#勧善懲悪
#勧善懲悪
その夜、箱庭座の搬入口で、エリアはアイナグルを待ち伏せた。
昼の話を聞いて、黙っていられなかったのだ。
相手が何を失って歪んだのかが見えたからこそ、逃げずにぶつけるべき言葉があると思った。
アイナグルは一人で現れた。照明の切れた裏口の前でも、立ち姿だけは妙に舞台めいている。
「今度は何。引き抜きの返事?」
「違う」
エリアはまっすぐ見る。
「あんたのやり方、やっぱり嫌いだって言いに来た」
アイナグルは口元だけで笑った。
「嫌いで止まるなら楽ね」
「止めるよ」
エリアは一歩も引かない。
「ひとりに選ばれなかったからって、みんなに届くものを壊していい理由にはならない」
アイナグルの目が細くなる。
「届く? 分ける? 綺麗ごとだわ。愛情も場所も時間も、奪われたら終わりよ」
「終わらないものもある」
エリアは即座に返した。
「絵も、舞台も、助かったって気持ちも」
風が吹き、裏口のポスターがはためいた。
「私は、誰かの絵を見て救われたことがある。ひとり占めできなくても、そのおかげで生き延びた人がいる。それで十分すごいことだよ」
アイナグルは黙る。
その沈黙の奥で、何かがわずかにきしんだ気がした。
だが次の瞬間、彼女は薄く笑い直す。
「だからあなたたちは甘いの」
「甘くて結構」
エリアは言う。
「甘いものを分ける店だって、町にはあるし」
一拍遅れて、自分でも変なたとえだと思ったのか、眉をしかめる。
けれどアイナグルの目がわずかに揺れた。こんな場面でそんな言葉を返してくる相手は、たぶん想定していなかったのだろう。
「分けられるものもある」
エリアはもう一度言った。
「なのに、全部を値札つきにして奪う方へ行ったのは、あんた自身」
アイナグルは答えず、扉を開けた。
去り際、低く落とす。
「なら見せて。奪わずに勝つところを」
扉が閉まる。
エリアは深く息を吐いた。
怖くなかったわけではない。
でも、あの女の理屈へ呑まれなかっただけで、胸の中に小さな火が残った。
奪う側ではなく、守る側が勝つ。
もう、それを言葉だけでなく形で見せる段階へ来ていた。
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