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みぅだよ🖤 「服に意味はあった」…もうこのタイトルだけでぐっと来た。 レンが鏡の前で同じジャケットを迷うところ、めっちゃわかる。毎日選んでるようで、実は何も選んでなかったって感覚。 資料館で八代さんに「どれを着たいですか」って聞かれて、レンが「なんとなく」って答えるシーン、すごく好き。理由がなくても「好き」で選ぶって、今の世界では贅沢なことなんだろうな。 最後、自分で選んだ紫色のシャツを明日着るのを楽しみにしてるレンを見て、胸がぎゅっとなった。たったそれだけのことなのに、ものすごく尊い。 地震までのカウントダウンが静かに進む中で、こういう“小さな変化”を描けるの、本当にすごいと思います。ありがとうございます。
【あと8日】 服に意味はあった
登場人物
水城レン
二十六歳。細身で、耳の近くまで伸びた少し癖のある茶色の髪と、濃い茶色の瞳を持つ。灰色の薄手ジャケットにベージュのシャツ、動きやすいパンツを着ている。服を選ぶ基準は気温と耐久性が中心で、毎朝ほぼ同じ組み合わせを着ている。
秋庭教授
六十二歳。短く整えた灰色の髪に、細い樹脂縁の眼鏡を掛けている。背は低め。茶色のカーディガンと灰色のシャツを着ている。服装への関心は薄く、同じ型の衣服を複数持っている。
牧野リサ
四十一歳。肩まで伸びた茶色の髪を後ろでまとめ、紫色の細い眼鏡を掛けている。深い緑のシャツにベージュのパンツを着ている。旧衣生活資料館の保存担当者。古い衣服の構造や保存方法には詳しいが、自分の服を装飾目的で選んだ経験はほとんどない。
八代エマ
二十三歳。短い黄緑の髪を耳の下でそろえ、茶色の瞳を持つ。灰色の上着と茶色のパンツ姿。旧衣生活資料館の新人職員。古い雑誌に載っている服を密かに面白いと感じている。
◆
午前七時五十八分。
水城レンは鏡の前に立っていた。
右手には灰色の薄手ジャケット。
左手には、もう一着の灰色の薄手ジャケット。
同じだった。
型番も同じ。
素材も同じ。
防風性能も同じ。
耐用年数も同じ。
違うのは購入した時期だけだった。
レンは右を見る。
左を見る。
右を見る。
「……どっちでもいいな」
右手の一着を着た。
次にシャツ。
ベージュ。
昨日もベージュ。
その前もベージュ。
収納棚には同じ型のものが五着並んでいる。
一枚取る。
着る。
パンツ。
灰色。
靴。
歩行用。
天候表示を確認。
降水確率。
気温。
風速。
今日の服装に問題なし。
端末が判定する。
適正。
レンは玄関へ向かった。
そこで止まった。
昨日の研究が頭に残っていた。
遊び。
役に立てなくてもよい時間。
一昨日は音楽。
その前は祭り。
知るたびに、現在の生活の中で何かが引っかかるようになった。
レンは自分の袖を見る。
灰色。
これを選んだ理由は?
気温。
耐久性。
洗浄のしやすさ。
価格。
では。
この形が好きだから。
羽海汐遠
15,208
#虐待
ruruha
111
16
金山ジョージ
2,730
この色が好きだから。
これを着ると気分が変わるから。
そういう理由で選んだことはあっただろうか。
レンは数秒考えた。
思い出せない。
「まあ、服だし」
玄関を出た。
午前八時三十一分。
文化学研究室。
扉を開ける。
昨日発見した盤上遊戯が机の中央に置かれていた。
駒まで並んでいる。
レンは無言で秋庭教授を見る。
短く整えた灰色の髪。
茶色のカーディガン。
灰色のシャツ。
細い樹脂縁の眼鏡。
教授は資料を読んでいた。
「これ」
レンが盤を指差す。
「片付け忘れた」
「駒まで初期位置ですけど」
「片付ける途中だった」
「昨日から?」
「そうだ」
レンは椅子へ座る。
端末を起動する。
画面の隅。
あと8日。
レンの表情が消えた。
八。
昨日は九。
昨日、ゲームに夢中になっている間も時間は進んでいた。
巨大地震までの残り時間は、遊んでいようが研究していようが関係なく減る。
「八日」
教授が顔を上げる。
「見えている」
「早くないですか」
「一日は一日だ」
レンは机の横を見る。
五冊目。
数字の「5」。
今日はこれ。
レンは手を伸ばした。
表紙を開く。
第五対象文化。
服飾。
「服?」
自分の袖を見る。
教授も自分のカーディガンを見る。
レンは次の頁へ進んだ。
衣服。
身体保護。
体温調節。
衛生。
社会的識別。
装飾。
自己表現。
流行。
美的価値。
最後の三つで指が止まる。
「自己表現」
教授が覗き込む。
「今日の中心はそこかもしれないな」
「服で自分を表現する?」
「そういう文化があった」
レンは自分のジャケットを見る。
「これで何を表現してるんです?」
教授が少し考える。
「気温に対応している」
「表現じゃないですよ」
「現在の服はそういうものだ」
現在、衣服の価値は明確だった。
身体を守る。
暑さや寒さに対応する。
仕事に適した構造。
動きやすさ。
耐久性。
衛生管理。
必要なら職種を識別する。
それ以上の意味はほとんどない。
レンは頁をめくる。
写真。
そこで手が止まった。
人。
大勢の人。
全員、服が違う。
丈が違う。
形が違う。
素材が違う。
模様がある。
装飾がある。
帽子。
鞄。
靴。
髪型まで服に合わせているように見える。
「何でこんなに違うんです?」
「選んでいたからだろう」
「何を?」
「着たいものを」
レンは写真へ顔を近づけた。
「気温は同じですよね?」
「同じ場所ならな」
「じゃあ同じような服でいいのに」
教授が笑った。
「三日前の君に戻ったな」
「だって」
写真の中には、動きにくそうな服もある。
裾が長い。
袖が広い。
装飾が付いている。
別の写真には、必要以上に厚そうな服。
その隣には身体の一部が大きく出ている服。
「防護性能、低そう」
「そこを見るのか」
「服ですよ?」
「服だ」
「身体を守る道具ですよね」
教授は頁の文字を指した。
自己表現。
流行。
美的価値。
レンは黙る。
「実物あります?」
「保存先を見るか」
次の頁。
旧衣生活資料館。
保存衣服。
雑誌。
映像。
広告。
装飾品。
大量に残されている。
レンは端末で検索した。
現在も保存施設として運営されている。
研究目的で閲覧可能。
レンは五冊目を閉じた。
「行きましょう」
教授が立つ。
「今日は早いな」
「最近、資料読むだけじゃ分からないって分かってきたので」
教授が盤上遊戯を片付けようとする。
レンが止める。
「そのままでいいですよ」
「なぜ?」
「帰ってから一回」
教授の口元が少し動いた。
「研究か」
「研究です」
午前九時二十二分。
研究棟を出る。
駅へ向かう途中、レンは人々の服ばかり見ていた。
灰色。
ベージュ。
茶色。
緑。
黄緑。
紫。
色の種類はある。
だが、形は似ている。
季節ごとに推奨される型があり、多くの人がその中から選んでいる。
動きやすい。
洗いやすい。
長持ちする。
職場でも使える。
一人の男性が通り過ぎる。
灰色の上着。
茶色のパンツ。
次の女性。
緑の上着。
灰色のパンツ。
学生。
ベージュの上着。
灰色のパンツ。
「教授」
「何だ」
「服って、こんなに似てました?」
「昨日も同じだった」
まただ。
祭りを調べた翌日は広場が気になった。
音楽を知った後は街の静けさ。
遊びを知った後は公園。
今日は服。
知った瞬間、昨日まで普通だったものが違って見える。
「教授もいつも同じですね」
「君に言われたくない」
レンは自分を見る。
灰色。
ベージュ。
確かに。
列車へ乗る。
向かいの座席に六人。
全員、似た構造の服。
レンは五冊目の複製資料を開く。
古い雑誌の表紙。
大きな文字。
季節の新作。
今年の流行。
着こなし。
人気ブランド。
「流行って何です?」
教授が顔を上げる。
「一定期間、多くの人が好んだ服装や様式」
「機能が改善された?」
「そうとは限らない」
「じゃあ何で変えるんです?」
「新しいものが好まれた」
「まだ着られる服を?」
「そういうこともあった」
レンは顔をしかめた。
「もったいない」
「その批判も昔からあった」
「じゃあやめればいいのに」
教授は資料を閉じる。
「今日の研究は長くなりそうだな」
一時間後。
旧衣生活資料館。
入口の壁には、人間の輪郭を模した古い装飾が残っていた。
受付で研究員証を提示する。
数分後。
二人の女性が現れた。
先に歩いてきた女性は四十代ほど。
肩まで伸びた茶色の髪を後ろでまとめ、紫色の細い眼鏡。
深い緑のシャツ。
ベージュのパンツ。
その後ろ。
二十代前半ほど。
耳の下でそろえた短い黄緑の髪。
茶色の瞳。
灰色の上着。
茶色のパンツ。
「牧野リサです。保存担当をしています」
先の女性が研究員証を見る。
「こちらは八代エマ。新人ですが、雑誌資料の整理を担当しています」
八代が軽く頭を下げる。
レンも頭を下げた。
「水城レンです」
「秋庭です」
牧野が申請内容を見る。
「服飾文化の実物調査ですね」
「はい」
レンが答える。
「服を見たいです」
八代の口元が少し動いた。
レンが気付く。
「何か変です?」
「いえ。服を見たい、という言い方が少し昔っぽいと思って」
「昔っぽい?」
「現在は服を確認したいとか、構造を調べたいとか言うでしょう」
レンは自分でも少し笑った。
「確かに」
四人は保存区画へ向かった。
最初の扉。
温度管理室。
牧野が認証する。
扉が開く。
レンは入って、足を止めた。
衣服。
大量の衣服。
透明な保護ケース。
棚。
人体型の保存台。
一着ずつ違う。
形。
長さ。
素材。
装飾。
模様。
同じ服を探す方が難しい。
「これ全部、人が着てた?」
「一部は展示用や舞台用ですが、多くは日常用です」
牧野が答える。
レンは一着の前へ行く。
紫色を中心に、緑と黄色の模様が入った上着。
袖の形が左右で少し違う。
「左右違いますよ」
「意図的なデザインです」
「製造ミスじゃなく?」
「はい」
次。
腰の近くまで装飾が付いた服。
「これ邪魔じゃないです?」
「人によっては」
次。
細かい模様が全面に入った服。
「製造工程増えますよね」
「増えたでしょうね」
次。
形そのものが変わっている。
「動きにくそう」
八代が後ろで笑った。
レンが振り返る。
「俺、何か変なこと言ってます?」
「現在の基準では全部正しいです」
「ですよね」
「でも昔の雑誌を読んでいると、その見方だけでは分からなくなるんです」
八代は一着の服を見る。
「これ、私は面白いと思います」
レンも見る。
「どこが?」
「形」
「動きにくそうですよ」
「そこじゃなくて」
八代が少し考える。
「見た感じが」
「見た感じ」
「はい」
レンは服を眺める。
見た感じ。
性能表には存在しない項目だった。
牧野が次の区画へ案内する。
雑誌保存室。
机の上へ複製版が並べられる。
レンは一冊開いた。
最初の頁から人間。
次も人間。
また人間。
全員違う服。
商品の説明より、写真の方が大きい。
「性能どこです?」
八代が頁の端を指す。
小さく素材が書いてある。
「これだけ?」
「昔の服飾雑誌は、性能を比較するためだけのものではありません」
「じゃあ何を見るんです?」
八代は写真を指した。
「組み合わせとか」
上着。
シャツ。
パンツ。
靴。
鞄。
「組み合わせ?」
「はい」
レンは自分を見る。
灰色のジャケット。
ベージュのシャツ。
灰色のパンツ。
「俺も組み合わせてますけど」
教授が横から言う。
「毎日同じだろ」
「教授もですよ」
牧野が笑った。
次の頁。
同じ人物が三種類の服を着ている。
印象を変える着こなし。
レンは文章を読む。
落ち着いた印象。
活発な印象。
柔らかな印象。
「服で印象が変わる?」
「昔はかなり意識されていたようです」
牧野が答える。
「現在でも職業服はありますよね」
「識別のためです」
「昔は日常服にも、そうした意味を持たせていました」
レンは同じ人物の三枚の写真を見比べる。
顔は同じ。
髪もほぼ同じ。
確かに。
違う。
理由を説明しろと言われると難しい。
「真ん中がいい」
気付けば口にしていた。
三人がレンを見る。
「何です?」
教授が聞く。
「どれがいい?」
レンは真ん中を指す。
「これ」
「なぜ?」
レンは止まった。
「……なんとなく」
教授が笑う。
「出たな」
「何ですか」
「文化のなんとなく」
祭り。
音楽。
遊び。
そして服。
レンは写真をもう一度見る。
「でも、これが一番好きかもしれない」
好き。
自分で言って少し妙な感じがした。
服に対して使ったことがほとんどない。
八代が嬉しそうに別の雑誌を持ってきた。
「じゃあ、これは?」
「急に楽しそうですね」
「私、これ好きなんです」
頁を開く。
季節別の服装。
レンは一つずつ見る。
「これは動きにくそう」
「そこから離れてください」
「これは寒そう」
「機能じゃなく」
「難しいな」
「どれを着たいです?」
その質問で止まる。
着たい。
性能ではない。
自分が着るなら。
レンは六種類の服を見る。
一つは装飾が多い。
一つは丈が長い。
一つは身体に沿った形。
一つはゆったりしている。
一つは複数の模様。
一つは比較的単純。
「これかな」
ゆったりした形を指した。
「なぜ?」
八代が聞く。
「だから、なんとなく」
「それでいいんですよ」
レンは写真を見る。
それでいい。
性能を説明しなくていい。
合理的な理由がなくてもいい。
着たいから。
好きだから。
牧野が言った。
「実物を着てみますか」
レンが顔を上げる。
「いいんですか?」
「原物は無理ですが、研究用に復元した衣服があります」
別室。
復元衣服が並んでいた。
現在の製造設備で作られたものだが、古い設計を再現している。
レンは一着を渡された。
茶色を基調に、紫色の細かな模様。
現在の服より丈が長い。
「これ?」
「資料年代では日常着です」
試着室へ入る。
着替える。
数分後。
鏡を見る。
レンは黙った。
見慣れない。
自分なのに、自分ではないような感じ。
茶色と紫色の模様。
袖。
丈。
形。
いつもの灰色のジャケットとは全然違う。
「どうです?」
外から八代の声。
レンは扉を開けた。
教授が見る。
牧野が見る。
八代が目を大きくする。
「似合います」
レンが止まる。
「似合う?」
聞き慣れない言葉ではない。
だが、自分へ言われることはほとんどない。
現在の服なら、
適切。
機能的。
気温に対応。
職務に適合。
そう評価される。
似合う。
「どういう意味です?」
八代が困った。
「その人に合って見える、というか」
「性能?」
「違います」
「身体寸法?」
「それだけじゃなくて」
八代も説明に困る。
教授が笑った。
「説明できない文化ばかりだな」
レンは鏡を見る。
嫌ではない。
むしろ。
「これ、いいかもしれない」
また言った。
理由はない。
鏡の中の自分を何度も見る。
正面。
横。
少し離れる。
「レン」
教授が呼ぶ。
「はい?」
「長いぞ」
「見てます」
「何を」
「自分」
教授が笑った。
「知ってる」
次に教授も試着することになった。
「私はいい」
「研究ですよ」
レンが即座に言った。
「君、その言葉を便利に使うようになったな」
教授へ渡されたのは、現在よりゆったりした形の上着。
深い緑。
細い黄色の模様。
数分後。
教授が出てくる。
レンは三秒黙った。
「教授」
「何だ」
「そっちの方がいいです」
「何と比較して?」
「いつもの茶色のカーディガン」
教授が自分を見る。
「機能は?」
「知らないです」
「耐久性は?」
「知らないです」
「では、なぜ?」
レンは笑った。
「なんとなく」
教授は鏡を見る。
眼鏡を少し上げる。
意外にも長く見ている。
「教授も見てるじゃないですか」
「構造を確認している」
「絶対違う」
八代が笑う。
牧野まで笑っている。
四人の声が試着室に残る。
その瞬間。
レンは気付いた。
服を見ているだけなのに、会話が増えている。
これはどう。
そっちがいい。
似合う。
変わっている。
着てみたい。
今まで衣服について、こんなに長く誰かと話したことはなかった。
午後一時。
資料館の休憩室。
四人で簡単な食事を取る。
八代が端末へ古い雑誌の複製を表示している。
「私、仕事始めてからこれを見るのが好きなんです」
レンが食事を止める。
「仕事じゃなく?」
「最初は仕事でした」
「今は?」
「休憩中にも見ます」
「なんで?」
八代は笑った。
「また聞きます?」
「研究員なので」
「なんとなくです」
レンも笑った。
「ですよね」
八代は頁を進める。
「これを着たらどうなるんだろうとか」
「どうなるって?」
「自分がどう見えるのかなって」
レンは考える。
「自分の見た目、そんなに気になります?」
「昔はもっと気にしていたみたいですよ」
牧野が資料を出す。
古い写真。
街を歩く人々。
服装がばらばら。
「自分の好きな服を選ぶことが、その人自身の一部だと考えられていた時代もあります」
「服が自分?」
レンが聞く。
「趣味。所属。考え方。憧れ。気分。そうしたものが服に表れることがあった」
レンは自分のベージュのシャツを見る。
今朝。
適正。
端末はそう判定した。
だが、
好きか。
そう聞かれたら。
分からない。
「俺、この服好きなのかな」
教授が食事をしながら答える。
「知らん」
「毎日着てるんですけど」
「便利だからだろ」
「はい」
「それと好きは別なのかもしれない」
レンは袖を指でつまむ。
初めて、自分の服を他人の物を見るように眺めた。
午後二時。
極秘資料の後半。
服飾文化の衰退記録。
最初に問題視されたのは浪費だった。
流行による買い替え。
大量生産。
大量廃棄。
環境負荷。
労働問題。
価格競争。
過剰な広告。
外見への圧力。
体型への偏見。
高価な衣服による格差。
レンは頁をめくる手を止めない。
「かなり問題ある」
「実際に問題だったものも多いでしょうね」
牧野が答える。
次。
服装による評価。
差別。
過度な装飾。
職場での不適切な服装。
学校での服装問題。
流行への同調圧力。
レンは腕を組む。
「これは、なくそうと思う人が出るのも分かる」
教授が頷く。
「問題を減らすこと自体は悪くない」
さらに読む。
衣服規格化。
長期使用推奨。
装飾削減。
流行情報の縮小。
服飾雑誌の社会的評価低下。
装飾目的の購入への批判。
外見へ時間を使う行為を非生産的と評価。
レンの指が止まる。
「ここから変わってる」
八代も資料を見る。
問題だったのは、浪費や差別だった。
それが少しずつ、
服を楽しむ行為そのものへ向かっている。
おしゃれ。
見栄。
無駄。
浪費。
非効率。
自己満足。
軽薄。
流行に興味を持つ人への評価が下がる。
服を好きだと言う人が減る。
雑誌が減る。
専門店が減る。
服飾を学ぶ人が減る。
装飾を作る企業が減る。
やがて、選択肢そのものが減っていく。
「問題を直すんじゃなくて」
レンが呟く。
「文化ごと消した」
教授が続ける。
資料には数十年分の変化があった。
衣服購入時に重視するもの。
初期。
好み。
流行。
価格。
機能。
耐久性。
数十年後。
機能。
耐久性。
価格。
さらに後。
機能。
耐久性。
維持費。
最終調査。
衣服に自己表現は必要か。
必要。
三パーセント。
不要。
八十三パーセント。
判断不能。
十四パーセント。
服装を楽しむという行為を理解できるか。
理解できる。
一パーセント。
理解できない。
九十一パーセント。
判断不能。
八パーセント。
最後。
服飾文化継承停止を確認。
第五段階終了。
八代はしばらく何も言わなかった。
レンが彼女を見る。
「どうしました?」
「私」
八代は古い雑誌を見る。
「この仕事を始めるまで、服なんて何でもいいと思っていました」
レンも自分の服を見る。
「俺も今日の朝まで」
八代が笑う。
「一日で変わります?」
「最近、毎日そんな感じです」
午後四時。
資料館を出る。
駅へ向かう途中。
レンは店舗の前で止まった。
衣料品店。
今まで何度も通った場所。
入口に推奨衣服が並ぶ。
気温帯。
用途。
耐久性。
価格。
レンは店へ入った。
教授もついてくる。
「何か必要なのか?」
「見たいだけです」
「服を?」
「はい」
棚を見る。
灰色。
茶色。
ベージュ。
緑。
黄緑。
紫。
色はある。
だが形は似ている。
レンは一着取る。
紫色のシャツ。
「これ」
教授が見る。
「どうした」
「着たことない」
「必要なら買えばいい」
レンは表示を見る。
性能は現在着ているベージュのシャツとほぼ同じ。
価格も近い。
「必要じゃないです」
「では戻せ」
レンは戻そうとする。
止まる。
八代の言葉を思い出す。
どれを着たいです?
レンは紫色のシャツを見る。
「買います」
教授が眉を上げる。
「なぜ?」
レンは笑った。
「着たいから」
購入。
店を出る。
小さな袋。
たった一着。
それでも、いつもの買い物とは少し違った。
研究室へ戻る。
午後五時二十分。
レンは今日の研究記録を開く。
服は身体を守る道具として現在も残っている。
文化としての服飾は消えた。
ここまで入力する。
続ける。
服飾文化には問題も存在した。
浪費。
環境負荷。
外見による評価。
格差。
同調圧力。
しかし、それらを減らす過程で、服を選ぶ楽しみまで不要なものとして扱われた。
レンは止まる。
机の横。
買ったばかりの紫色のシャツ。
袋から出す。
教授が盤上遊戯の駒を並べている。
「またやるんですか?」
「一回だけ」
「昨日も聞きました」
教授がレンの袋を見る。
「買ったのか」
「はい」
「性能は?」
「今のとほぼ同じ」
「では、なぜ?」
レンはシャツを広げる。
自分で選んだ。
推奨されたからではない。
気温に必要だからでもない。
今の服が壊れたからでもない。
「好きだから」
言ってから、少し考える。
「たぶん」
教授が笑う。
レンは研究記録へ戻る。
最後の文章。
衣服は身体を守るためだけに存在していたのではない。
人は自分が何を着たいのかを考え、その選択を自分自身の一部として楽しんでいた。
服に意味はあった。
保存。
端末の隅。
あと8日。
明日の朝には七日。
巨大地震まで、また一日近づく。
レンは数字を見る。
その横に紫色のシャツを置く。
昨日はゲーム。
一昨日は音楽。
その前は祭り。
失われた文化を一つ知るたび、研究室へ何かが増えている。
再生装置。
盤上遊戯。
そして今日。
一着の服。
教授が演奏記録を再生した。
五分三十八秒。
音が流れる。
盤の駒が並ぶ。
レンは教授の向かいへ座った。
「一回だけですよ」
「もちろん」
対戦開始。
十分後。
レンが負けた。
「もう一回」
「君から言ったな」
「今のは服のこと考えてたので」
「言い訳だ」
二回目。
レンは紫色のシャツを椅子の背へ掛けた。
視界に入る。
少しだけ気になる。
明日は着てこよう。
そう思った。
誰に見せるためでもない。
性能を試すためでもない。
研究成果にするためでもない。
着たいから。
ただそれだけ。
教授が駒を動かす。
「君の番だ」
「分かってます」
レンは盤を見る。
音楽が流れている。
二人は遊んでいる。
椅子には、自分で選んだ服。
四日前には、この研究室になかったものばかりだった。
外の街は変わっていない。
静かな道路。
似た服を着る人々。
遊びのない広場。
音楽のない店舗。
祭りのない季節。
文化がなくても社会は動く。
今日も何も問題なく動いている。
それでもレンは、紫色のシャツをもう一度見た。
明日、それを着る。
それだけの予定ができた。
朝になったら着る。
研究室へ来る。
教授が何か言うかもしれない。
誰も何も言わないかもしれない。
どちらでもよかった。
レンは少し笑う。
八代が言った言葉を思い出す。
それでいい。
教授がレンを見る。
「何を笑っている」
「別に」
「私の負けが見えた?」
「それもあります」
「まだ早い」
教授が駒を動かす。
レンも動かす。
端末には、
あと8日。
その数字が静かに表示されている。
一日は減った。
文化を一つ知った。
そしてレンは、生まれて初めて、
明日着る服を楽しみにしていた。